2022年11月号会報 巻頭言「風」より

岸田総理の「脱炭素」本気度を疑う

藤村 コノヱ


参院選以降、安倍前総理襲撃事件に端を発した様々な課題が山積する中、やっと開催された臨時国会。岸田総理の所信表明では色々と語られましたが、気候危機については〈はじめに〉で一言、頻発する気象災害については自然災害と一括りで述べられただけ、政府を挙げて取り組み始めたはずの脱炭素については一言も語られませんでした。所信表明とはそんなものと思いつつ、以下のようなこれまでの発言でも感じていた、岸田総理の環境問題への関心の低さや脱炭素への本気度が疑われる演説だったように思います。

●原発回帰

8月24日に開催されたGX(グリーントランスフォーメーション)実行会議で、岸田総理はこれまでの原発政策を転換し、次世代型原発の開発・建設や原発の運転期間延長についての検討を加速してほしい旨を指示しました。この転換までの経緯について、新聞報道では、原発推進派の圧力が強かったものの参院選が終わるまでは、と選挙時には一言も語りませんでしたが、選挙が終わるや否や、この発言が飛び出したわけです。今回の所信表明でも、エネルギー安定確保の観点から原発問題に真正面から取り組むとして、新炉の開発・建設、再稼働について述べています。

これに関する最近の国民の意見は、新増設については朝日新聞調査では、「反対」58%、「賛成」34%(8月27・28日調査)。読売新聞では「評価する」49%、「評価しない」44%(9月4日調査)でした。また再稼働については、読売新聞では「賛成」53%、「反対」39%と、過去5回の調査結果と逆転する結果でした。ロシアによるウクライナ侵攻の影響とそれに伴うエネルギー危機が影響してか、以前に比べて原発への国民意識が少し変わりつつあるのが気がかりですし、政府が目前の危機に臨機応変に対応することは大切ですが、その機に乗じて賛否分かれる政策の転換を図ることには疑問を感じます。

再稼働は、全廃を決めていたドイツでも期限付きで再稼働を進めていますが、全廃という政策を転換したわけではありません。それに、ロシアからのガス供給が完全に途絶え11月半ばには日本の真冬の寒さになるドイツと比較すれば、日本のエネルギー危機も冬の寒さもドイツほどではなく、省エネで乗り切れるレベルだと思います。また新増設に関しては、原発がテロや戦争の標的になることを、今、私たちはウクライナから学んでおり、次世代型原発などという不確実な技術より再生可能エネルギーに資源を投入した方がずっと確実・安全なことは、持続的な暮らしを望む人なら誰でも思いつくことです。そうしたことには触れずに、一部関係者の声だけに耳を傾け、過度に電力不足を煽り「既存原発の再稼働を」進めるのはおかしなことですし、そもそもどれほどの電力危機なのか、政府の報道が本当なのかも疑問です。

気候変動の重大性を踏まえ脱炭素を本気で進めようとするのなら、「厳しいけれどこのエネルギー危機を省エネの徹底で乗り切りCO2削減に貢献しよう」と国民に訴えかけ、それが安全保障にもつながることを語ることこそが、政府トップの責任ではないでしょうか。そして原発に真正面から取り組むというのなら、一部関係者との密室の対話ではなく、国民的議論の場を立地地域はもとより全国的にオープンに行うことが大切だと思います。

●高騰するエネルギー価格への対応

昨今の世界的エネルギー危機に、欧州連合は早々に今年12月~来年3月までの時限措置として「電力総消費量10%を自主的削減目標とし、使用ピーク時の消費量5%を強制的削減目標とする」ことに合意しました。

一方、岸田総理は、「削減」ではなく、家庭・企業の電気・ガス代抑制のために巨額の支援金支出を表明しました。省エネ生活の私も、かつてないほどの値上がりを実感していますが、それでもこの政策が脱炭素や社会の持続性にとって適切とは思えず、支持率低下を止めるための策?大手電力支援策?とも思えます。なぜなら、料金が多少下がっても、市民には少しの安心感は伝わっても危機感は伝わらず、使用量やCO2削減にはつながらないように思いますし、厳しい財政の中での巨額の国費支出は益々将来世代にツケを残すことになるからです。一方、経産省は新たな節電プログラムを発表。国が認定した節電プログラムを持つ電力会社と契約した家庭・企業を対象に、来年1~3月分の電気料金を前年より3%以上節電したらポイントを付与するそうです。支援金よりは節電に役立ちますが、対象も期限も限定的で効果には疑問が残ります。なお両者の関係を経産省担当部局に問い合わせましたが(10月14日)、明確な回答は得られず、混乱ぶりが伺えました。


1月に開催された「クリーンエネルギー戦略」有識者懇談会で岸田総理は、「過度の効率性重視による市場の失敗、持続可能性の欠如、富める国と富まざる国の環境格差など、資本主義の負の側面が凝縮しているのが気候変動問題で、新しい資本主義の実現により克服すべき最大の課題」と述べ、「我が国の経済社会を炭素中立型に、という歴史的変革実現には、政府一丸となった検討と実行が必要」とも述べています。しかし最近の総理の言動や政策を見ていると、こうした発言はどこに行ったのかと思ってしまいます。

本気で気候変動問題を新しい資本主義の実現で克服しようとするのなら、従来型の補助金支出などといった一見国民受けする甘い政策ではなく、過去の失敗を反省し「今は削減が必須」というリアルなメッセージを発し、将来を見据えた倫理的思考も加味し、原発・エネルギー、経済も含めた全ての政策を、気候政策と結び付けて実施すべきです。