2024年7月号会報 巻頭言「風」より
まっとうな気候政策が生まれない要因
藤村コノヱ
以前に会報でお知らせした「今こそ、まっとうな日本の気候政策を創ろう」キャンぺーンのキックオフとも言うべきイベントが6月4日に開催されました(詳細は本誌)。キャンペーンの背景には、現在の日本の気候政策が質、量ともに全く不十分という現実があり、このままでは気候危機は益々深刻化することを危惧する様々な分野の人たちが声を上げ、これまで累積で大量のCO2を排出してきた日本の気候政策をまっとうなものに変えていかなければ、という強い思いがあります。
キャンペーンのために『日本の気候変動・エネルギー政策の課題と提案』と題する小冊子を作成し、まっとうな政策が創れない原因とその解決策について、多くの研究者やNPOなどに執筆して頂きましたが、いずれも核心を突く内容です。それらも踏まえると、まっとうな気候政策が創れない原因は、政治家、官僚、企業、メディアそして私たち市民にもあるようですが、特に政策をつくる政治家と官僚には大きな責任があると思います。
現在も“政治と金”の問題が政権を揺るがしていますが、特にパーティ券は本誌1月号で書いた通り、資金力と組織力に勝る産業界(特に大手企業)は、自らの利益のためにパーティ券購入などを通じて政治家に働きかけ、政治家も資金と票獲得につながるこれら企業の声を重視する結果、産業界寄りの、甘い(例えばCO2の削減目標を強制力のない自主目標にするなど)、科学的根拠も倫理観も希薄な、まっとうではない政策が生まれています。政策活動費についても、現状では、使途公開は不要とされていることから、自らの選挙活動や人件費に使われることが多いそうで、私たちが考える本来の政策活動費(例えば、政策を創るための調査、研究、勉強会などの活動に要する費用)とは全く無縁の使われ方をしているようです。実際、令和4年の通常国会で成立した78の法律のうち、議員立法は17件で、内閣(官僚)が作成し国会で審議される内閣法61件に比べてかなり少ない状況からも、そのことが伺えます。
こうした状況は、まっとうな気候政策が生まれない要因が官僚にもあることを示しています。現在の日本政府のCO2削減目標は、気候危機を止めるには科学的に全く不十分で、国際的にも非難されていますが、官僚はそうした“不都合な真実”を公表しません。特に、環境よりも短期的経済成長を重視する経産省は、社会の持続性や国民の幸福より、政治力も資金力もある大手電力会社やエネルギー多消費型産業である鉄鋼、セメント、化学などに有利な法律や補助金の仕組みを、私たち市民が知らない間に次々と提案し、国会審議も与党の賛成であっという間に通してしまいます。これではまっとうな気候政策、まっとうな産業の変革など望めません。
特に、脱炭素に役立つか不明な技術や脱炭素に逆行する技術開発に、経済成長、革新技術・イノベーションの名のもとに、私たちの税金が大量投入されている例も多くあります。今回作成した小冊子でも、多くの研究者やNPOが、今ある技術と個々の省エネでかなりのCO2削減効果があることをデータで示しているにもかかわらずです。加えて、以前は環境省もこうした経産省の政策に抗う姿勢を見せていましたが、最近は抗い闘う姿を私は見たこともありません。こうした背景には、官僚の天下り先問題や官僚幹部の人事権を政府が握っていること、また最近では官僚の人員不足から、十分な議論がないままに政策が作られてしまうという現状もあるようです。
いずれにしても、気候問題は私たちの文明の問題であり、解決に向けた政策も様々な分野と関わること、私たち市民だけでなく企業活動や将来世代にも関わることを考えると、従来の産官学といった一部の人たちだけでまっとうな政策を創ることは不可能です。にもかかわらず、旧態依然とした状況が続いているのは、地球サミット(1992年)で、日本も含め全会一致で採択された「リオ宣言」の第10原則「環境問題は、それぞれのレベルで、関心のあるすべての市民が参加することにより最も適切に扱われる。」という環境政策形成の原点と世界の潮流を、政治家、官僚、一部経済界、学識者が忘れてしまい、国民の幸せや社会の持続性よりも「今だけ金だけ自分だけ」という倫理観に彼らが惑わされていることが大きな要因だと思うのです。
こうした状況を脱するために、私と加藤顧問は、先に述べた小冊子で「気候危機脱出法(仮称)」を提案しており、特にその中で次の二点を法律に盛り込むべきと提案しています。
1つ目は、施策の効果を正確にモニターすることによって現状を把握し、必要な対策を追加し、効果の薄い施策は停止するなど、不断の監視を行うために、施策実施の各省庁とは独立した権限を有する「気候危機対策監査委員会(仮称)」(イメージとしては、公正取引委員会、会計検査院など)を速やかに創設し、政府全体として整合性の取れた気候危機対策の強化と促進を図るというものです。
2つ目は、議員や専門家の提案に対して意見具申ができる権限を持つ、独立した「気候危機市民委員会(仮称)」を中央および地方に設置し、気候やエネルギーに関する政策立案のプロセスに、市民、NPOも含めた多様な主体が参加できる仕組みと、関連情報を監視・チェックし公表する仕組みを作るというものです。(詳細は小冊子で。当会のホームページからも見られます)こうした体制を作ることで、政治家や官僚だけでなく、全てのステークホルダーが連携し、より良い環境政策、気候政策を創る基盤を作りたいのです。
そのためには、私たち市民も、政治や気候危機への無関心や人任せから脱し、自分事として考え行動することが求められます。個人や家庭での省エネ行動も大切でまだまだ工夫の余地はありそうです。併せて、投票行動を通じてまっとうな政治家を選ぶことが、まっとうな政治や政策につながることを忘れないようにして次の選挙に備えたいものです。