2024年11月号会報 巻頭言「風」より
再び「脱炭素時代の覚悟と責任」を問う
藤村コノヱ
自民党総裁選、立憲民主党代表選が行われ、石破氏、野田氏が選出された矢先、国民の判断材料となる国会議論はほぼないままに解散、衆院選となりました。この会報が届く頃にはまた新内閣ができているのでしょうか。
実は当会では、2020年から部会活動で「脱炭素時代を生きる覚悟と責任」(HPに掲載)について議論を深め、人としての倫理に加え、政治に関わる人(国政に携わる人)の倫理として、下記を提案しました(2021年)。そして、その秋の衆院選に先立ち、送付先が明確で当会会員の協力が得られる13都県の立候補予定者に対して、気候危機の時代をリードする「政治家としての倫理と政策」に関するアンケートとして、下記内容とその具体的政策についての意識調査を実施しました。287名中132名の方から回答がありましたが、多くの回答が野党からで、自民党からの回答は18%でした。当時の回答を見る限り、多くの立候補者が高い倫理観を持っているようでしたが、そうならば、なぜこれまでの2年余の間、まっとうな気候政策が生まれなかったのか、今のような政治不信が続いているのか、理解に苦しみます。建前と本音、理想と現実は異なるのでしょうが、能登をはじめ世界各地に大きな被害をもたらしている気象災害は益々深刻化し、人々の暮らしは不安定さを増す中で、政治家には、権力闘争などしている時間はなく、国民の幸せと社会の持続性のためにしっかり役割を果たしてほしいと願うばかりです。
【国政に携わる人の倫理項目】
①短期的な利害だけでなく、中長期の未来における危険性(リスク)について深く洞察し、科学と倫理に基づく政策を提示する
②途上国並びに将来世代を含むすべての人々の真の豊かさの確保に尽力する覚悟を常日頃から表明し実行する
③解決の先送りは決してせずに、逃げない、させない旨、常日頃から表明し、実行する
④環境問題の解決のために、できる限り多くの国や国際機関と協力し、多様な主体の参加と共同する体制を作り上げることをめざす
⑤環境危機の実態とその原因等についての情報を、官僚からだけでなく、専門家、NPO、市民、企業等から幅広く収集し、分析する
⑥誰一人取り残さない社会を造るために富を適正に分配し格差を是正する政策を作り実行する
一方、政治の劣化は私たち国民の質の劣化とも言われますが、私たち自身が、地球の有限性を認識し、消費を抑制する知恵を持ち、循環する工夫を実践し、自然と共存する喜びや利他の心を持ち、公正の確保に努めるなど、これからの時代に求められる覚悟と責任(倫理観)を持って実践しているでしょうか。
例えば、世界中の人が日本人と同じような生活をすると地球が2.8個必要で、人類全体の生活を支えるには1.7個の地球が必要と言われるほど、現在の私たちの暮らしは地球の環境容量をはるかに超えた、地球の有限性を無視したものです。また生態系ピラミッドの頂点にいる私たち人間にとって、自然はなくてはならないものですが、自らの利益のために樹木・森林を伐採して土地を広げ、資源を得るために地下・海底深くまで掘削する行為も続けられています。さらに近年の日本人一人当たりの年間CO2排出量は9-10tでアフリカ諸国の人々の約10倍、これまで排出したCO2の累積量は日本は世界で5番目に多く、公正と言う観点からも問題があります。加えて「今だけ、金だけ、自分だけ」と言う言葉が象徴するように、他者への配慮や思いやりも、忙しい世の中で徐々に薄らぎ格差は広がるばかりです。こうしたことが、エネルギーを大量に使いCO2排出量を年々増加させ、気温や海水温の上昇や、熱波、大雨など異常気象とそれによる被害の頻発など、様々な悪影響をうみだしているわけです。
こうした問題の解決には、エネルギーなど資源の消費を伴う無限の拡大・成長を抑制することが不可欠です。しかし、残念ながら、政治家も含め、「成長は善」と言う考え方がいまだに世界を支配し、生産者は無駄なものまで作り、消費者は無駄なものまで買う暮らしを続けているのが現実です。
こうした現状を踏まえると、気候危機問題も、科学的な議論を基本としながらも、公正・公平、個々の幸せや社会の持続性など、人間関係に置ける「倫理」だけでなく、①自然の生存権、②世代間倫理、③生存の平等性にまで広げた「環境倫理」の考え方に基づく議論が重要になってきていると思います。
しかし、日本人の一般的な倫理意識は低いと言われ、環境倫理の考え方も普及・定着してはいませんし、倫理以前の問題として、環境問題に関する知識を得る機会が少なく、身近な人との話題にも上がりにくい等の理由から、日本人の気候危機意識は低いという結果がいくつかの国際調査から出ています。
その一方で、日本の伝統的文化には、自然との共生、調和を大切にする、次世代を愛し育てるなどの「日本の持続性の知恵」http://www.kanbun.org/chienowa/index.html があったことを思い返せば、上記のような「倫理」の議論から気候問題に関心を持ち行動する人が増え、企業倫理の観点から脱炭素を進める企業が増えるかもしれません。さらに様々なステークホルダーの参加による、まっとうな気候政策の実現に近づける可能性も出てきます。
「今こそ、まっとうな日本気候政策を創ろう」キャンペーンで開催している連続セミナー第1回目に西岡秀三氏が「まっとうな」の意味する点について、1.理念と目標が明確、2.科学に準拠、3.公平性・倫理準拠、4.包摂性を挙げています。当会の得意分野も加えた広い観点からの議論を展開することで、少しでも、真夏の暑さや豪雨被害を最小にし、次世代へのツケを最小限に抑えるために、その第一歩を踏み出す人を増やしたいものです。