2025年1月号会報 巻頭言「風」より
2025年への思い
藤村コノヱ
若い頃は、新年には様々な希望を抱き、新たな挑戦を誓ったものですが、最近は“今年1年、皆が健康で無事平穏に”と願うことが多くなりました。歳のせいでしょうが、生きていく上で何が一番大切かを実感できるようになった証と前向きにも捉えています。
とはいえ、今年も気候危機をはじめ、様々な課題が山積する困難な年になりそうですが、新年に当たり、当会としてなすべきこと、やりたいことを考えてみました。
〇若者の成長のために
存の社会や政治への失望とあきらめが増す中、次世代を担う若者への期待が各方面で高まっています。実際、スポーツ界や芸術文化分野での若者の活躍は私たちを元気にしてくれますし、核兵器廃絶に向けた若者の活動もノーベル平和賞受賞を機にますます高まるものと期待されます。環境分野でも気候危機を訴える若者が様々な組織を立ち上げ、イベント、政策提言、裁判など多様な活動でその輪を広げようとしていることはとても喜ばしいことで、出来るだけの協力を、と思っていますが、活動の広がりと持続性や考え議論する力の不足という面では少し心配もあります。
これまでも様々な環境活動に関わってきた学生が大学卒業と同時に活動から姿を消した例を多く見てきました。また、実際に活動している若者からは「輪が広がらない」との声も聴きます。さらに先般、気候危機を訴える若者と官僚との意見交換があったのですが、官僚の答弁に反論できず、対等な議論とは言い難い状況でした。経験不足は致し方ありませんが、一方通行の知識伝達型の日本の教育に慣れた若者が、自らが主体的に学び議論し考えを深めるといった経験のないままに、活動に参加しているケースも見受けられます。(周囲の大学関係者からも本を読まない、論理的思考能力の低下という話をよく聞きます。)勿論そうではない若者や、「今は走ることしかできない」と自分の立ち位置を認識して活動する若者もおり、今後活動を通じて課題の真髄を見出し成長していくこともあるでしょう。
しかし、脱炭素への道のりは長い戦いであり、生き方・価値観、産業構造を含む社会経済活動の転換など様々な大改革なしには解決できない難題であることを考えれば、考え方や立場の異なる多様な人々と対話・議論し、合意していく力も必要になります。そのためには、根源的には日本の教育そのものの変革が必要と常々思っていますが、せめて若者自らが関心を持つテーマについて学びを深め、多様な人とも対話の機会を持つなどの努力を積み重ねてほしいと思うのです。私たち大人世代も不十分な面もありますが、経験とそこから生まれた知恵は持っています。そんな大人世代と行動力ある若者が力を合わせる機会を増やし、世代間の分断を埋めつつ、環境問題を文明の観点からも考えられる、そんな若者の成長をサポートしたいと考えています。
〇本質的な議論を継続する
当会の特色は、環境問題を文明の問題として捉えていること、様々な経験と知恵を持つ幅広い人脈があることで、これからもそうした仲間と本質的な議論を続け世の中に提案していきたいと思っています。
以前、当会の議論を「高級井戸端会議」と言った人がいましたし、実践が伴わない議論は価値がないと言う人もいます。AI時代には全てがそれで解決できるという方もいるでしょう。しかし、気候危機も含め文明の大転換の時代に、この時代を生きた人間として、言うべきこと、伝えるべきことは大いに語っていいのではないか、それが私たちの責務であり、次世代への贈り物になるのではないかと思っています。
年末に、以前日米共同研究やハワイセミナーでご一緒した有坂陽子さんと再会。現在彼女はドイツで西田哲学を教えていますが、現在のドイツは以前とは全く異なる国になりつつあることを憂い、安全で人々が他を思いやる日本は素晴らしいと力説していました。さらに、“多様な人々がうごめく現代社会では、理論や原理原則を重んじる西洋文明は限界にきている”という話もあり、私たちが提案する“様々な人がいる中で日本的な融通無碍の考え方が不確実さを増すこれからの世界では有効ではないか”という考え方とも合致する考え方で、世界の哲学を探求する彼女も同じようなことを考えているのは本当にうれしいことでした。そして改めて、こんな本質的な話を、気候問題やプラスチック問題など個別テーマとも絡めて、環文サロンや環文ミニセミナーでも議論していきたいと考えた次第です。
12月の全国交流大会や「今こそ、まっとうな日本の気候政策を創ろう」キャンペーンの連続セミナー最終回では、当会が提案している「脱炭素時代を生きる覚悟と責任」を紹介しました。その理由は、現在の気候問題が政治、経済や技術の議論になっており、科学やその基盤となる考え方や価値観を蔑ろにしているのではないか、若者はそうした考え方や価値観に触れる機会がないのではないか、それではまっとうな議論も政策も成り得ないと思ったからです。実際現在の日本政府の政策は、科学的観点からは脱炭素には不十分な削減目標しか示されておらず、倫理的観点からも一部産業界に偏った政策で、途上国や将来世代への配慮に欠けたものになっています。
しかし全国交流大会報告(7頁)でもわかるように、若者や多くの人にこうした本質的なこと、大切なことを伝えていくのは、本当に難しいことです。
それでも、上記のようなことも含めて、“まっとうな気候政策”を求めるキャンペーンも継続し、科学者や他のNPOとも連携し、早期の排出削減の重要性や本質的なことを各方面に働きかけ、仲間を増やしていきたいと計画しています。いずれもなかなか成果の出ない活動ですが、「大河も一滴から」。環文らしい活動を継続するために、今年も引き続き、ご支援ご協力をお願いいたします。