2025年2月号会報 巻頭言「風」より
環境問題はすべてと繋がっている
杉浦 淳吉
資源回収の日に集積所に行くと、分別方法の変更のお知らせが貼ってありました。変更はすでにパンフレットが届いていて知っていましたが、このように住民に周知する機会を増やし、住民の認識を変化させ、行動変容をサポートすることはリスク・コミュニケーションとして大事なことです。
容器包装リサイクル法の制定から30年、その時代、状況に応じて自治体によるこの法律の運用も変化していくことを実感します。今回のこの変化は、誰がリサイクルの費用を負担したら公平かという問題から、実質的に資源を有効に活用しようとする課題への対応だと捉えることができます。同じプラスチックであっても、今までは容リ法が対象とする「容器包装」だけがリサイクルだったものが、「プラスチック製品」もその対象に含めることになったのです。
30年前の1995年といえば、私は「対人的要請が環境配慮行動に及ぼす効果」との題目で修士論文を書き上げ、博士課程(後期課程)に進学した頃で、帰省した愛知県碧南市の実家で資源回収の先進的新制度の説明会の案内にたまたま遭遇しました。もしその時、私自身が説明会に参加していなかったら、もし導入後に集積所での立ち当番に参与観察していなかったら、そして段階的に導入された新制度を準実験とみなす社会調査を実施していなかったら、私の博士論文やその後のキャリアも変わっていたかもしれません。
碧南市の事例に関する論文は、廃棄物資源循環学会で論文賞をいただき、博士論文の中核となる研究となりました。この研究の流れは、当時の居住地でもあった名古屋市での1999年の「ごみ非常事態宣言」、そして2000年8月の新制度導入へのかかわりにつながっていきました。市民団体が呼びかけて自分たちで資源循環のルールをつくろうと「名古屋ルールフォーラム」が開催され、その時に、私が現在に至るまで発展させてきた「説得納得ゲーム」が誕生しました。また市民参加による合意形成についての社会実験「なごや循環型社会・しみん提案会議」の内容を活用した「利害調整ゲーム」に繋がりました。
2013年に生活の拠点を横浜市に移し、出会いがあって研究フィールドの軸足は循環型社会からエネルギー問題に移りました。省エネルギーへの理解と行動変容を目的とするゲーム教材をいくつも開発し、その実践と効果検証に取り組みました。また、事業所の省エネを支援するコンサルテーション会社との共同研究から事業所の行動変容に向けて、暗黙に共有された知識を社会心理学の用語を活用して表現して明示化し、現場に定着させる取組も行いました。
重要なことは、人々の考え方や行動の変容において狭い意味での「環境」として捉えないことだと考えています。環境は私たちの暮らしのあらゆる所に繋がっていて、理想論ばかり唱えていても分断した社会の一方の少数派となり、社会への影響力を持ち得ません。大学で研究・教育を行う立場において、上述のような共同研究をはじめ、普段接しえない繋がりが得られることは本当に貴重で有難いことです。
2024年5月に共同研究を行っている東京ガス株式会社の横浜テクノステーションを見学する機会がありました。また、2024年11月には本会の活動として、川崎市にある日本最古のアンモニア工場を見学する機会を得ました。前者はカーボンニュートラルを目ざしたメタン生成に横浜市の下水処理がかかわっていること、後者はアンモニアの生成に横浜市で回収されたプラスチックもかかわっていることがわかりました。
我が家で排出されたプラスチックはどこでどう処理されて、何になるのか。普段の暮らしの中ではなかなか掴めない情報に接し、日常生活と研究との繋がりを感じられる楽しさを様々な立場の人々に伝えていくことが課題だと感じます。
2024年10月に科学技術振興機構が主催する、「あらゆる人に開かれた社会と科学をつなぐ広場」と謳ったイベント「サイエンスアゴラ」に「人々を結びつける人間関係の化学反応ゲームの実演」と題した出展をしました。このゲームについては2024年1月号と8月号の本欄でも紹介しました。化学と社会心理学の知見を融合し、人々が水素(H)、炭素(C)、窒素(N)、酸素(O)のいずれかの元素の役割を演じ、体を使って分子構造や化学反応を表現します。この化学の法則に基づいた結合や分解、例えば、メタンの燃焼による水と二酸化炭素の生成(CH4+2O2→2H2O+CO2)のデモンストレーションを通じて、対人関係や組織の構成との共通点や相違点を考察します。
大学の社会心理学の講義でも集団の形成をテーマとした化学反応ゲームを実施し、水素役と窒素役が集まってアンモニアを生成する(3H2+N2→2NH3)活動を通じてコミュニティへの参加・受け入れ等を考察しました。当然ながら元素と人間は異なったものです。その人間が元素の役割を演じる時、そこには「私たち」と「あの人たち」を繋げるものは何か、そんな問いが浮かび上がってくるのです。要望があれば、実演します。
資源集積所の張り紙から、私がこの30年あまり取り組んできたことが一つに収束した、その瞬間を今味わっています。