2025年3月号会報 巻頭言「風」より
この危機を、文明の転換期ととらえて
藤村 コノヱ
トランプ氏の再選は、パリ協定からの即時離脱、「掘って掘って掘りまくれ」という化石燃料回帰の動きなどから、環境問題、とりわけ気候危機に取り組む仲間からは、当然のこととして悲嘆・落胆の声が聞かれます。勿論私たちもその一人であり、気候危機への取組の正念場と言われる重要なこの10年の間に、その動きが後退し、世界の気候危機がますます深刻化し、人類の生存そのものが危ぶまれる「その時」が益々迫ってくるような気がします。巷では、気候問題で主導権を握りたい中国はトランプ氏のこうした動きを歓迎しているとの話も聞きますが、それでなくても周回遅れの日本が、京都議定書の時のように、米国の動向を理由にのらりくらりと対策を遅らせるのではないかという心配も募ります。
こうした環境の危機だけでなく、私自身は人間の尊厳が失われ、人間性の乏しい倫理観の欠落した世界になってしまいそうな危機感を抱いています。それは、前の就任の際も含め、今回の就任直後から見られた、人事も含め全てを自分の損得で判断し不都合な人間は容赦なく切り捨てる姿勢、「慈悲の心を持つように」と諭した司教にも謝罪を求めた傲慢な態度、更に各国への関税やウクライナへの対応など、彼の「今だけ、金だけ、自分だけ」という姿勢からは尊敬や寛容さ、慈愛といった高い倫理観や人間性が全く見受けられないからです。こうしたリーダーの元では、アメリカ社会の分断はより進み民主主義の危機もさらに深刻化しそうです。
また大統領就任式では、アメリカを代表するIT大手のトップが最前列に陣取っていましたが、メタ社はトランプ政権へ歩み寄り、運営するフェイスブックとインスタグラムの投稿内容の正確性を調べる独立したファクトチェッカーの使用を廃止することを発表。さらにその後、世界各国が巨大グローバル企業に課税する「デジタル課税」などから離脱する大統領令が出されるなど、何の歯止めもないままにAI(人工知能)を含むIT技術が広がることで、経済、教育など様々な格差がさらに広がり、人々の混乱を助長し、ますます「人間」の存在そのものを蔑ろにするような世界になるのではという危惧も持ちます。
そんなことを考えていた折、TV番組の白熱教室で有名なサンデル米ハーバード大学教授の『新自由主義の欠陥、尊敬や承認の欠如、暗黙の侮辱への怒り』という見出しの記事を見ました(朝日1月24日朝刊)。うまく説明できないので、是非本文を読んで頂きたいのですが、これを読む限りでは、新自由主義的グローバル化を率先してきた米国では、既に想像を絶する経済格差だけでなく、教育格差が人々の分断をさらに深め、他者への畏敬の念や寛容さ、調和など、人間社会の持続性や民主主義の根幹を成す重要な倫理観さえも揺らいでいること。そうした状況がトランプ氏の再選を可能にしただけでなく、この四年間でさらにその状況の悪化が危惧されていること、等が書かれていました。そしてその解決には、私たち市民は共同体の「共通善」に貢献する役割を担っていることに気づき、政治的な発言権をもつ「市民」であるとの自覚を持つことが大切ともありました。ちなみに教授はAIについても、「その方向性について人々の発言権を確立できなければ、労働の尊厳を一段と損なってしまうだろう」ともコメントしていました。
以上は私の個人的な危惧ですが、唯一、トランプ氏が主張する自国第一主義については、日本も含め世界のどの国も自国第一主義であり、節度あるものならそれは当然のことと思いますし、行き過ぎた新自由主義的なグローバル化に対する揺り戻しであれば、少し賛同する面もあります。勿論、トランプ氏のような排他的な考え方、強権的なやり方に賛同するわけでは全くありませんし、気候問題や感染症そして戦争などは国際連携なしでは解決できない問題です。しかし、自国民の生きる基盤である食料やエネルギーなどは、海外依存ではなく、可能な限り自国で生産し消費する、不足分は他国との友好関係の中でバランスよく調達(場合によっては支援)する、そんな自立した国家を目指すことは安全保障の観点からも必要だと思うのです。極端な自国第一主義がいいとは決して思いませんが、EU諸国はじめ多くの国で右傾化が進んでいる背景にはそんな思いも根底にあるように思います。そうした中で、食料もエネルギーもその多くを海外に依存する現在の日本こそが、トランプ氏の自国第一主義をうまく利用して、全ての生命と社会経済活動の基盤である自然の恵み、長い歴史の中で培ってきた歴史・文化、それらに裏付けられた調和、寛容、温厚、礼儀正しさ、真面目、知足、バランスといった日本のよき国民性を発揮して、まずは食とエネルギーの地産地消を政策転換も含めてすすめつつ、環境+α立国を目指していけたら、と思うのです。
こうした私の思いとは別に、加藤顧問は、トランプ再選の背景には、①弱肉強食に堕する自由競争の現状に対する強烈な疑問、②高学歴のエリートと思われた人たちが2008年のリーマンショックなどに見せた、本来の使命を忘れ、大衆を見捨て、自己利益に走っていることへの強い反発や恨み、③国連やEUなどの「国際連帯・協力」の中に潜むウソ(建前と本音)への反撃などがあるとした上で、大統領として多くの欠陥はあるものの、従来型の欧米の価値・制度の大転換の始まりであり、これを日本の智慧や和の心を生かす機会にすべきととらえているようです。
いずれにしても、この4年間は何が起きるかわからないと多くの人が言い、私自身もそう思います。それでも、可能な限り振り回されることなく冷静に、むしろこの機を文明の転換期ととらえ、国民はもとより来日する多くの外国人だけでなく世界の人々から、信頼され愛される日本へと再生したいものです。