2025年4月号会報 巻頭言「風」より
トランプ政権の先を
田崎 智宏
先月号ではトランプ政権のことが取り上げられていた。パリ協定からの離脱、プラスチック製ストローへの回帰など、話題には事欠かないトランプ政権に世界が振り回されていて、それに憤りを感じている内容だった。私も憤りを感じる一人である。
しかし、憤っているだけではだめで、トランプ政権よりも先を見据えていないといけないのではないか、このままでは終始振り回されっぱなしになるのではないかという気持ちも膨らんできた。そこで、先月号とは違う視点として関税の話を織り交ぜながら、考えたことを共有してみたい。
そもそもなぜトランプが大統領に選ばれるのか?日本にいると、そこから理解できないかもしれないが、ワシントンDCに1年住んだ経験からすると、なんとなくそれも理解できる。少し郊外に出ると、都会と違ってスーパーやお店から離れ、そこそこの庭がある庶民的な戸建て住宅が立ち並ぶ。のどかな雰囲気が漂う地域が多いのだが、そんな地域には、トランプ支持の看板がいくつもの世帯の庭に掲げられていたりする。テレビで観るような熱狂的なトランプ支持の状況とは違う一面を持つ生活空間が広がっている。メディアが流す情報はどうしてもニュース性のあるものを切り取りしがちで、平均的なことを理解したり、日頃の生活のなかで特定の意見が形成されていくことを認識することには向かないのかもしれない。根っこをたどれば、普通に豊かな生活を送りたいという人々がいるだけのようにも思える。
先月号で、コノヱさんも「白熱教室」で有名なサンデル教授のことに触れていたが、彼のYouTube動画は視聴するに値する(「ハーバード大教授が語るトランプが当選した理由」)。私の言葉でまとめると要点は次のとおりである。民主党に支持者の多いエリート層が高給を稼ぐうえでのベースとなる能力主義や学歴は労働者階層にはもはや縁遠く、努力ではどうにもならない経済格差と失業の問題が生じてしまった。生活する地区でも学校でも、2つの所得階層が交わりコミュニケーションする共通の場がなくなり分断が生じていた。そこに、トランプが登場し労働者の不満と愛国心を煽って一気に支持者を引き寄せたという。
ここで一つ大切なことは、サンデル教授は、民主党に対してこれまでどおりではダメだという建設的批判をしている点である(彼は左派なので、ある意味で自省的)。民主党は労働者・失業の問題に対する有効な取組をしてこなかったではないか、愛国心という言葉が完全にトランプ政権の常套句になり(民衆の代弁者として生まれた民主党なのに)今では民衆へ訴えかける言葉をなくしているではないか、という。トランプ政権だけが悪いのではなく、それを許した民主党にも問題の一端があって省みるべきとしているのである。
つまり現在は、トランプ政権を批判するだけでは不十分で、経済格差や失業の問題を解消しつつ環境政策を進めるという同時達成手段をこれまで以上に説得力をもって訴えかけていくことが求められているのではないだろうか。
では、なぜ経済格差や失業が生じたのか。今さらながらだが、資本主義とグローバル化によるものだ。トマ・ピケティが指摘したように、資本(資産運用)によって得られる富は、労働によって得られる富よりもその増え方が速い。つまり、富める者はますます富むのが資本主義である。しかも、グローバル化により、生産された商品は世界のどこにでも売りやすくなり、生産拠点は他の国に移すことができた。資本主義とグローバル化が組み合わさると、自国の労働者を雇用する必要は全くない。市場メカニズムを「神の見えざる手」と称した経済学の大家であるアダム・スミスは、階層間の差が厳格でないことが必要だと言っていた。さもないと、貧乏人が金持ちに暴力をふるうという。つまり、経済を維持するには、国内に分断が起こらず、能力や努力を活かせば経済的に成功できて今の所得階層を抜け出ることができると多くの人々が感じとれることも不可欠なのだろう。
ちなみに、日本は米国ほどの分断的な状況に至っていないだろうと思っていた。しかしながら「財務省解体デモ」が激化している近況などからすると、日本でもエリート層への批判が増大して分断が進行していることは認めざるを得ないだろう。
国内の労働者を救うには、元凶となる資本主義かグローバル化、あるいはその両方にメスを入れなければならない。トランプ政権がトランプ一家の莫大な資産を減らすようなことは考えにくい。当然ながらグローバル化に対抗する。これが現在行われている関税を課すという方向性である(国内の分断の契機となる失業・労働者等の問題を解消しようとすると、今度は国間の分断を引き起こすというのは皮肉的だ)。あまりにも急激すぎて各企業がついていけないという点などは問題だろう。その点を差し引いて考えた場合、関税をかけることへの批判はあるだろうか。一部の経済人はいうだろう。それでは非効率だと。しかしながら、一部の資本家が多くを稼ぐための効率性追求は、もはや民衆からそっぽを向かれている。関税がいかん、といっている人々やメディアは、米国の労働者にとっては既存の既得権益をもっている人と同一視されてもおかしくない。言い換えれば、関税の議論においては、雇用確保と経済活動の安定性の同時確保が求められるが、二面性のある話を的確に議論する論客は少ない。
つまるところ、トランプ政権とその反動から学べるとしたら、「複数の問題を同時に解く」ことをこれまで以上に的確に行う必要があるということのようである。肝に銘じておきたいと思う。