2025年5月号会報 巻頭言「風」より

国はなぜ拒むのですか?市民からの意見を

藤村 コノヱ


国の政策決定過程で国民の意見を広く募る「パブリックコメント」(以下、パブコメ)の数が急増していることや同一意見が多いことなどを受けて、担当省庁である総務省は、対応する職員の負担増などを理由に、意見整理にAIを活用するなどの対策を検討するという方針を示しています。ある報道によると、通常は数件から数十件程度のパブコメが、感染症予防に関連した政令改正には約9万件、第7次エネルギー基本計画には約4万件、福島の除染土の再生利用を進める省令改正案には約21万件が寄せられたそうです。

もともとパブコメは、国などの行政機関が様々な重要政策を決定する際に、広く一般から意見を募り、行政運営の公正さの確保と透明性の向上を図るために、2005年6月の行政手続法改正により法制化された制度です。私たち国民からすると、多くの人が知らないなど様々な課題があるものの、国民が個別政策に意見を言える唯一の機会であり、とても重要な政治参加の機会です。そしてパブコメへの意見が多いのは、国民の関心が高い証拠で、日本全体にとっては好ましい状況だと思うのですが、今回政府は、国民の意見を軽視し制限する方向で進めようとしており、民主主義国家として望ましい方向とは言えません。特に、環境やエネルギーは私たちの生活に密接に関わる問題であり、多くの意見が出ることは健全なことで、“政策形成過程への市民参加は重要”と明記されているリオ宣言やオーフス条約など世界の流れにも沿ったものです。逆に、パブコメが数十件しかないことや、一部の官僚、産業界、学者により環境・エネルギー政策が決定される現状こそがおかしなことです。ただ残念ながら、政策形成過程への市民参加については、日本では、当会が提案して成立した「環境教育等による環境保全の取組の促進に関する法律」(政策形成への民意の反映等)第二十一条の二で触れられている程度で、仕組みそのものがなく、論語にある「由らしむべし、知らしむべからず」という、時代遅れも甚だしい考え方が永田町や霞が関にはいまだ存在するようです。

こうしたことは、日本の市民社会の発展にも反するのですが、その一方で、私たち国民側にも改善すべき点はあるように思います。それは、「同じ意見が大多数を占めた」と言われる点です。パブコメにかけられる内容は、かなり専門的でページ数も多く、一般の国民がこれを読み込み意見提出するのはかなり難しいと思われます。そのため、今回のエネルギー基本計画のパブコメに際しては、出来るだけ多くの意見を出して政府に強く働きかけたいという思いから、いくつかのNPOが意見例を作成しそれを模した意見の提出を促していました。そのため同じ意見が多くなったと思われます。本来は自分の頭で考え自分自身の言葉で意見を書くことが大切で、それが本来の政治への市民参加、パブコメだと思うのですが、残念ながら、日本の教育、特に環境教育や政治教育が不十分なこともあって、そうした自発的な行動ができる人は限られているようです(外山滋比古氏は著書『思考の整理学』で、前者のように自力で考え行動する人を飛行機人間、後者をグライダー人間と表現しています)。

環境先進国と言われたドイツでは、1980年代半ばに既存の環境教育とは異なる「エコ教育学」が展開され、社会運動を通じて政策決定過程に関与する「抵抗の中の学習」が評価されてきました。さらに1990年代後半からは、持続可能性のための教育プログラム(ESD)が導入され、知識の取得に加え社会性や問題解決能力を含む包括的な能力が重視されるようになり、環境教育が政治的・社会的な文脈の上にも明確に位置付けられるようになったそうです。

勿論ドイツの政治教育にも様々な主張があったようですが、いずれの主張でも「利害関係を意識しつつ、政治・社会における諸問題を批判的・自律的に分析・判断し、社会の創造に関与していく能力・態度の育成」を重視することが共通認識となり、環境教育と政治教育が結びつき、「政治参加能力」の育成が行われてきたという歴史的経緯があります。

一方日本では、学校での政治教育が不十分で、環境教育と政治教育の結びつきはあまり見られず、一般社会でも政治への関心は低く、環境問題を政治と結びつけて行う環境教育もあまり見られません。そうした国民側の状況が、国民意見を軽視する議員や官僚の考え方を助長してきた面もあると思います。

とはいえ、国民が環境やエネルギー、食糧や健康など、自分たちに身近な政策がつくられる過程で意見を述べることは議論の公正さや透明性を増すだけでなく、政策の選択肢が増え政策の質が向上する、当事者意識が高まりより実効性ある政策が立案され易くなる、政治教育や環境教育の有効な場になるなど様々なメリットがあります。

今後政府側も、パブコメに関しては、募集期間が短い、最終段階で行われるため国民の意見が反映されにくい、意見の扱いが不明など様々な課題を改善し、より多くの国民から意見が寄せられるよう、その意見を可能な限り反映させるなど、本来の制度の目的を達成するための様々な改善・工夫が必要です。AIの活用などといった些末な方法論で終わらせることなく、パブコメの在り方、ひいては市民参加の在り方をしっかり見直し検討するきっかけにすべきだと思います。

一方私たち国民も、日頃から社会的課題への関心を高め知る機会を増やす、気軽にできる意見交換の場に参加するなど、お任せ民主主義を脱し、自らが考え自分の意見を述べる力をつけていくことも大切だと思います。当会が月一回開催している「環文サロン」などもそうした場として活用して頂ければ幸いです。