1994年8月号会報 巻頭言「風」より

船底に穴あけば・・・

加藤 三郎


1972年6月、ストックホルムで国連としては初めて、政治レベルで環境に関する会議が開催された。幸い私は若い時に、この重要な会議に参加することができ、今日の活動につながる多くの重要なことを学んだのだが、この席上、世界銀行総裁のマクナマラ氏が次のように述べたことを今でも時折思い出す。それは、「今日われわれは、この地球を宇宙船地球号と呼ぶようになった。しかし私達が忘れてはならないことは、その宇宙船の乗客のうち4分の1が豪華な一等船客でその快適さを楽しんでいるときに、残りの4分の3の乗客が三等船室に閉じ込められているということだ」との的確な指摘とともに「私達は、同じ宇宙船に乗っている圧倒的多数の人々の生活状態に、より多く配慮するだけの、政治的、社会的意識をもっているだろうか」との真剣な問いかけである。

この発言から22年余がたった今、われらが宇宙船地球号は、どのような状況にあるのだろうか。まず乗客総数は、当時の38億人ほどから、5割も増えて56億人をはるかに超えてしまった。その増えた乗客のなかで一等船客といえるのは、旧ソ連・東欧の経済的没落もあって8億人程度、つまり総員の7分の1に下がっている。72年当時とは違って、残りの48億人ほどすべてが三等船客というわけではない。サウジアラビア、韓国、台湾などの二等船客もポツポツ出ている反面、ネパール、バングラデシュ、サハラ砂漠南部の国々に代表される“四等(船底)”船客もかなりの数、出現している。つまり、この四半世紀足らずの間に、宇宙船地球号の客相はよく言えば多様化したが、実状は、貧困客の絶対数も割合もともに増え、特に船底であえぐ窮乏客も無視できぬほどとなり、船内の安定性は一段と低下した。

しからば南の国々に対する政治的、社会的配慮はどうなったであろうか。先進国からの支援は確かに増大した。この間にアジアNIESやASEAN諸国、また最近の中国のように経済大国化への道を歩み始めた国もある。しかし地球大で見れば、日本を含む北の豊かな国々はますます豊かになる一方で、南の貧しい国々は深い泥沼に沈み込むような状況だ。北の「配慮」が人口の重圧にあえぐ南の窮乏化のスピードに追いついていけないのも重要な要因であろう。

この傾向のままに21世紀に入ってゆけば、やがて船は底に大穴があき、豊かで快適な生活をエンジョイしている一等船客もろともに沈没する危険は少なしとはしないのである。