1994年9月号会報 巻頭言「風」より
21世紀への大課題
加藤 三郎
日々忙しく生きていると歴史感覚を鈍くしているが、一寸立ち止まってこの世紀を振り返ってみると、20世紀が、あらゆる点からみて激動の世紀であることに改めて驚かされる。まず、二つの大戦とそれによる大量の殺傷、人権の著しい侵害、建物や自然の破壊そして核兵器の出現などが思い起こされる。「大戦」とは呼ばなくても、旧植民地での独立戦争や朝鮮戦争から始まり、最近の民族間紛争に至るまで数々の地域的な大戦乱や内戦などの悲劇もこの世紀は見てきたことになる。 その一方で、第二次世界大戦後、数多くの植民地が、長年の圧政や民族的抑圧をはねのけて独立し、国民の夢や希望を担って若々しい政治を展開したが、少なからずの国で、その夢や希望は現実とはならず、色あせて見えるのも世紀末の景色である。
20世紀の幕開けには16億人であった世界の人口が、その後幾何級数的に増えて現在は57億人に近く、21世紀を迎えるときには、63億の人口を有すると推計されている。しかも本誌前号に述べたように、南北間の格差は一層大きくなっている。
このようななかで、20世紀の業績で一応光ってみえるのは、民主化の深化とともに科学技術の進歩とそれをバックにした経済力の圧倒的な増大、さらに交通、通信のスピードアップなどであろう。たしかに20世紀は、科学技術の世紀、工業の世紀、スピードの世紀と呼んでも過言ではなかろう。実際20世紀になって初めてこの世に出現した製品、商品、サービス、生産プロセスの類をリストアップしてみたら、リストだけで電話帳くらいの厚さには優になるであろう。
つまり人間は、なかんずく先進国の人間は、おびただしい数の品物やサービスをこの世紀のあいだに新たに作りだし、人間の利便、快適さ、経済的利益を追求しつづけた。他の動物と異なり、人間の欲求には限りがない。常に上へ上へと追い求め、休まることがない。そのような向上志向、成長志向が、科学技術の進展とあいまって、規模の経済、すなわち、大量生産、大量消費の経済システムとそれを支える価値観やライフスタイルを築き上げた。
この20世紀を華やかに彩ったシステムと価値観そしてライフスタイルの転換こそは、先ほどの戦慄すべき人口増加と南北の格差とあいまって、21世紀にかけての大課題となろう。