1995年8月号会報 巻頭言「風」より

カルマ

鈴木 猛


赤道から南にわずか41km、太平洋のど真ん中にナウルという孤島がある。この島を訪れた20年ほど前のこと、ホテルのバーに群がっていた裸足のおじさんたちが、ぼくにジョニ黒の水割りを何杯もおごってくれた。人口がわずか6千(当時)、周囲19kmの小島だが、一人当たりの富では世界のトップを争う豊かな国だった。

その秘密は島を覆うグアノ(鳥の糞)にある。鳥の糞は普通は微生物で分解されて植物の栄養源になる。渡り鳥の中継基地になった大洋の孤島ではエコシステムがうまく働かず、何千何万年の間たまりにたまってグアノになった。だが、やがて来るであろう枯渇に、政府は頭を痛めていた。

グアノが肥料として大々的に利用され始めたのは19世紀だという。数千数万年にわたって蓄積された資源が、たかだか2百年余りのうちに使い果たされようとしている。

化石燃料にしても基本的な事情は同じだ。石炭は3億年前に大繁茂した植物の遺骸であり、石油の生成は、生物起源説によれば、太古の海草や陸上植物に由来しているという。石炭を燃料とした蒸気機関の発明が産業革命を引き起し、石油による内燃機関の発明が空前の繁栄をもたらした。

化石燃料の本格的な使用は2百年の歴史しかもたず、いずれ枯渇するのは確かだ。何億年前からの蓄積を数百年で使い果たす。ご先祖さまが残してくれた遺産を一代で湯水のように使いきる道楽息子である。そのうえ子孫に残すのは、原発の核廃棄物、半減期が2万年4千年のプルトニウムということにもなりかねない。

最初の生命が誕生したのは38億年前、海の中の嫌気性バクテリアだった。やがて生まれた藍藻類が光合成で酸素を放出し、大気中の酸素が徐々に増えた。それがオゾンになって紫外線を遮断し、生物は始めて陸上に進出することができた。およそ4億年前のことだ。

フロンは自然には存在しない。現代文明を支えるこの物質は数十年前から使われ始めたが、成層圏に達したあと100年もそこにとどまり、繰り返しオゾンを破壊するという。それによって紫外線が地表に降り注げば、人の皮膚癌が増え、各種の生物に対する深刻な影響が懸念されている。

それは、歴史の逆行ともいえる。それも4億年の歴史をたかだか百年のオーダーで元に戻そうとしているわけだ。

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現代人がこんな「カルマ」(悪業)を積んでいくとすれば、「ハルマゲドン」(世界の終末)が来るのも止むを得ないのかもしれない。麻原某の説法とはまったく別の次元の話だがー