1999年4月号会報 巻頭言「風」より

「ダイオキシン騒ぎ」に欠けているもの(1)

加藤 三郎


産業活動や生活に伴い環境中に放出される化学物質のことが、国民の間に大きな不安を巻き起こしている。特に、生殖機能など次世代にまで重大な影響を与えることが懸念される「環境ホルモン」問題に、一般国民も大きな関心を寄せるようになったここ一、二年、化学物質による健康不安が日常的な話題に上っている。その中でも今、関心の中心にあるのはダイオキシンのようである。

そもそもダイオキシンとは何物か。教科書によると、塩素(Cl)を含む芳香族有機化合物の一種とのことだが、210種類もの仲間を持っているので、正しくはダイオキシン類といわれる。環境庁などによると国内の発生源の約9割は、廃棄物の焼却にあると推測されている(表参照)。「芳香族」とは名ばかりで、人間や生態系に対し毒性が極めて強いだけでなく、環境中で安定的、つまり壊れにくい。なんとも厄介でいやな化学物質だ。

このお付き合いしたくないダイオキシンが素人の間でもすっかり有名になったのは、多分、去る2月1日のテレビ朝日系の、というより久米宏のニュースステーションでの「汚染地の苦悩-農作物は安全か?」という報道だろう。この報道の内容について、様々に議論され、大騒ぎになったのはご記憶にも新しかろう。

しかしこの騒ぎのお陰で、ダイオキシン対策が政治的にも優先課題となり、小渕総理も乗り出した。民主党、公明党などに議員立法の動きもある。3月30日には「ダイオキシン対策推進基本指針」なるものが関係閣僚会議で決定された。その中で「今後4年以内に全国のダイオキシン類の排出総量を平成9年に比べ約9割削減する」と言明している。この「約9割削減」という数字自体は、一般廃棄物と産廃の焼却からの排出をほぼゼロにまで引き下げた時に得られる値に相当するので、この指針通り本気でやれば大変厳しい目標である。

しかし今回の一連のダイオキシン騒ぎを主としてマスメディアを通して見、また指針に盛り込まれた政府の対応を見ても、基本的な問題を直視し、正しい対応を取っているとはとうてい思えない。塩ビなど塩素を含む化学物質を大量に生産し、使用しそして廃棄するという社会経済の構造の転換そのものに迫っておらず、眞に取るべき対策を先送りする姿勢が目立つからだ。ついでに言えば、このような対応の仕方、つまり、目標数値は決めたもののそこに至る具体的な手段の実施(これは通常痛みを伴う)を先送りする手法は、例えば地球温暖化対策についても見られる。1年半ほど前に京都で温室効果ガスの削減を決めても、その削減に直接つながる環境税の導入などの経済的手法は景気浮揚を求める大合唱の中で打ち出せていないのである。

もういい加減に、私たち国民も政府も、次の事実に気づき、覚悟すべきなのだ。それは、豊かさ、利便さ、快適さを一方で強く求めながら、その一方でダイオキシンなどの不安のない生活や温暖化に脅かされない生活を求める手品のような解決法は、私たちの現在の生き方や税制、法制、料金などの諸制度をそのままにしては不可能である、ということを。このことをダイオキシン問題に即して、2回にわたって私の考えをもう少し具体的に述べてみよう。

国内の発生源別ダイオキシン類発生量


発 生 源 排 出 量

<燃焼工程>
 一般廃棄物焼却
 産業廃棄物焼却
 金属精錬
 石油添加剤(潤滑油)
 たばこの煙
 黒液回収ボイラー
 木材、廃材の焼却
 自動車排ガス
 
4,300
547~707
250
20
16
3
0
0

(80%)
(10%)




.2
.07
※1

(小   計) 5,140~5,300
<漂白工程> 0 .7 ※2
<農薬製造> 0 .06  ※2

合   計 5,140~5,300

環境庁作成資料(1997年)

※1 一般廃棄物焼却炉は「ごみ処理に関わるダイオキシン類発生防止等ガイドライン」より(1997年)
  その他は平岡京都大学名誉教授の試算より(1990年)
※2 環境庁試算

(1)末ではなく元を

今回の騒動やそれへの対応ぶりを見ていて私にとって何が一番問題かというと、ダイオキシンが放出された、検出されたと一番末端での現象を追い回してばかりいるが、その原因をつくっている私達の生活や産業のあり方を変えるための仕組みづくりについての言及がほとんどないことである。文字通りの端末処理の典型であることが情けないのだ。

政府の「基本指針」を見ても、先にふれたように「9割削減」を掲げている点は大いに評価できるが、それを達成するための推進策は、①発生源別の排出目録づくり、②焼却施策に対する規制の徹底、③不法焼却の取締り強化、④集中地域での新規立地の判断基準の明確化など、ズラッと10項目並んでいるばかりで、眞の発生主因、つまり塩ビなど塩素系のプラスチックス類の大量生産・消費・廃棄の抑制策(使用規制、環境税など)については全くふれていない。比較的長文の指針のなかで、プラスチックスのプの字もふれていないのは、一体何なのだろうか。まさか、ダイオキシン対策よりも、塩ビなど化学工業界の繁栄の方が大切というわけでもあるまい。

かすかに、この指針の後半部分の「廃棄物処理及びリサイクル対策の推進」の項を見ていると、「使い捨て製品の製造・販売や過剰包装の自粛、製品の長寿命化等を図るなど製品の開発・製造段階、流通段階での配慮の促進、国民の生活様式の見直し等により、廃棄物の発生抑制に努めるとともに、使用済製品の再使用(リユース)や廃棄物の再生利用、再生資源の回収利用やリサイクルを推進する」などの文章も一応は目に入る。しかし、中身はご覧の通り、「自粛」、「図る」、「配慮の促進」、「見直し」、「努める」といった極めて弱い役所用語で結ばれているだけ。だから、「国民がより一層安心できる今後の廃棄物処理の在り方について検討に着手する。さらに、廃棄物の減量化の目標量を半年以内に設定する」といわれても、あまり期待が持てないのである。

このように、いわば元栓は目一杯開いて製品はジャブジャブ流通させておき、そこには何ら手を触れないで、出てきたごみの始末をほとんど排出規準の強化だけで対応しようとしている。丁度、重度の糖尿病患者にもっと食べろ、もっと飲めとすすめながら、インシュリンの投与だけで治そうとしているやぶ医者の療法みたいなものだ。そのような手法には限界があることを私たち国民は知るべきである。

(次号に続く)