1999年10月号会報 巻頭言「風」より

「足るを知る」経済-オックスフォードの場合

加藤 三郎


前回は、「足るを知る」経済について、京セラの稲盛和夫さんのお考えを改めて紹介した。如何お読みいただいたであろうか。

「足るを知る」経済の21世紀にかけての先進性、積極性が一層理解できたと納得された方。あるいは、国民の多くが景気浮揚を願い、政府も民間も消費拡大に力を尽くしている時に、なんたる不謹慎と思われた方もおられたかと思う。さらには市場経済や科学技術が、良くも悪くも世界中を圧している20世紀末において、「足るを知る」などという抹香臭い、あいまいな概念により将来の方向性を示そうとしても、日本でさえ、まして世界の納得は得られまいと考えた方もおられたかと思う。

確かに、「足るを知る」、「もったいない」などという言葉は、今の世相にあっては、闇夜を照らす一本の蝋燭よりも頼りない、力の弱い指導理念と思われるかもしれない。足るを知ってはだめなのだ、経済の成長を目指して何が悪い。消費が湯水のように拡大することが国民の幸せではないかという主張は、これまでの市場経済の枠組みの中ではむしろ「正論」であるかもしれない。

私も、道学者ぶって、「成長」がいつでもどこでも悪であるなどと言っているのではない。ただ、温暖化に伴う異常気象(異常な昇温、異常な降水など)をはじめ地球環境の悪化がただならぬから、そしてまた、人間の経済活動を容れる環境空間の有限性がますます明らかになってきたのだから、日本のような先進国はもういい加減に足るを知って新しいやり方を考え、持続するシステムを作りだそうではないか。そうしないと私たち世代と子や孫の未来は経済を含め破綻してしまうのではと恐れているだけなのである。

今から7年前の「地球サミット」で、世界は「持続可能な発展」という理念に辿り着いた。従来のやり方では、人類社会は、持続可能でないことを首脳レベルで確認し、行動計画(アジェンダ21)の策定、条約の制定、新しい原則(リオ宣言)の確立をした。

それから7年余。国連の環境庁(UNEP)や開発計画(UNDP)の最近の白書類によっても、環境が悪化し続け、南北間の貧富の差は拡大し、人類社会の健全性が著しく損なわれていることを余すことなく明らかにしている。

このような背景の中で、オックスフォード大学のマンスフィールド校の「環境・倫理・文明センター」が事務局となって、国際的な「持続可能な消費委員会」が設置され、この9月に初会合が開催された。趣旨は、「消費」に焦点をあて、生産・廃棄を含む開発環境問題全般をあぶり出してみようというものである。委員長には英国の元環境大臣で現職の国会議員であるガンマー氏、委員にはフランスの元環境大臣、国連の持続可能委(UNCSD)元議長、OECDの現職の環境局長などのほか、産業界、学界、NGOなど世界各地域から20名が参加した。幸い私は、関東学院大学の内藤幸穂理事長の推薦によりこの委員会に加わり、アジアからはほかに中国とネパールのNGOが各一人参加した。

この会に先だって届けられた事務局資料を見て、あれこれ考えているうちに「持続可能な消費」とは、結局「適度な消費」のことであり、これは稲盛さんの「足るを知る経済」と極めて近いということに思い至った。「適度な」消費というと、何が適度なのか基準がないなどと心配される方には、私は人間社会の持続性、つまり①環境の維持、②資源の循環そして③次の世代の消費生活基盤の確保、そして④心の充足の四点をとりあえず提示しておきたい。

そこで会議に先だって、この適度な消費について私の考えを取りまとめた小論文を書き、事務局を通じて全委員に配布しておくとともにオックスフォードでの会合の時にその概要を“多すぎも少なすぎもせず(Not too much,Not too little)”ということで説明した。そのなかで、消費を適度にコントロールするためには、特に伝統社会の知恵に根ざした環境倫理の重要性を強調した。

私の発言には、意外にも委員会メンバーから好反応があり、消費問題を取り扱う委員会のスタンスとして、従来の経済的、工学的アプローチよりも、倫理的、社会的、文化的アプローチに重きを置くべしとの大きな流れができたように思う。

この2日間の会合では、2002年に予定される第3回の地球サミットへ向けての貢献を目指すということで、今後の作業の大枠やスケジュールを決めただけで、内容については、第2回以降(年2回開催のペース)に検討ということになったが、私にとってもう一つ嬉しいことがあった。それは「持続可能な消費-「足るを知る」経済に近い-」という概念をより具体的な生活の場面に落としこみ政策提言するため、エネルギー使用、気候変動、食、住居、交通そして貿易という6つのサブテーマを選んだことである。

これらテーマのうち、少なくとも4つは、これまで本会が繰り返し取り上げてきたことであるが、特に食と交通は、今、倫理部会と制度部会がそれぞれ真剣に取り組んでいる。つまり本会での活動そのものが直接オックスフォード委員会のこれからの活動にもつながる。そう言えば、来年6月には、日米ハワイセミナーの第3回会合の準備もすすめており、ここでも私たちの検討や主張は国際的な場での検証に供され、世論を形成する。私たちの活動が世界の最前線につながっていることが嬉しいのである。