2010年12月号会報 巻頭言「風」より

「日本の「食」と「農業」のゆくえは・・・

藤村 コノヱ


環太平洋の多国間での関税撤廃をめざすTPP(Trans-Pacific Partnership)に日本が参加するかどうかが大きな議論を呼んでいます。与野党間はもとより、民主党内でも意見が分かれており、霞が関でも外務・経産省は推進、農水省は反対といった具合です。降って湧いてきたような話に思えますが、WTO( World Trade Organization)の議論からずっと続いている問題で、結局、日本の国をどうするのか、その中で農業をどう位置付けるのかといった基本的な国のあり方について、場当たり的な議論しかしてこなかったツケが、今また形を変えて突き付けられているのだと思います。この問題に限らず、自民党も民主党も、そして私たち国民も、短期的な経済成長や一人ひとりの物質的豊かさばかりに目を奪われ、この国のあり方について、真剣に向き合う事も議論することもしてこなかった大きなツケが、一気に押し押せてきたのが「今」なのだと思うのです。

ところで、食の問題については、環境文明21でもこれまでもずっと議論し様々な提案を出してきました。特に、環境倫理の観点から、平成13年には「食卓から考える環境倫理」としてブックレットにもまとめています。その時の提案『日本の食卓を取り戻す』では、〈食事の中身〉として、①洋食から和食へ、②地産地消を、〈食卓のあり方〉として、③男性の家庭参加(男性も積極的に家事その他の家庭での活動に関わる)、④働きかたを変えることを、そして〈支える仕組み〉として、⑤食育の実施、⑥食料主権の確立、⑦加工食品原料の産地表示、⑧新規就業者支援、といった8つの提案をしています。

また現在進行している環境文明社会プロジェクトでも、食の問題は重要なポイントで、関西グループや東京近郊の会員さんによる「環境文明社会の具体的な姿と実現のための方策を考えるワークショップ」でも、この項目に多くの時間が費やされました。そして、2030年の環境文明社会においては、①日本全体の自給率70%が達成され安定的な食糧供給ができ、②都市と農・漁村のネットワークがあり近県トータル自給率70%で自給自足的生活が普及しており(地産地消)、③農業などの一次産業の従事者がたくさんいて、④自給率確保に必要な農地も確保されている、といった社会が望ましいという意見が出されました。また、⑤収穫物は近隣で分け合うなど地域内交流がさかんで、⑥食品廃棄物はゼロにして、⑦食卓を家族のコミュニケーションの場にしたい、という提案も出されました。

以上の提案にも表れているように、私たち環境文明21としての「食」に対する基本的認識は次のようなことで一貫しています。

1点目として、異常気象の多発など温暖化の進行を含む環境の危機を考えれば、安全保障の観点からも、自分の食べるものは可能な限り自分で作る、すなわち、国内の自給率を可能な限り高めておく必要があるという点です。今年の夏の世界的異常気象でロシアが小麦の輸出をストップしたように、どこの国でも自国の食料確保が第一。これから先、異常気象がますます多発するであろうことを考えると、海外にばかり頼っていては、日本は本当に食っていけなくなることは明らかです。とはいえ、残念ながら、国内で自給率100%は到底無理で、せめて昭和40年代の70%(供給熱量自給率)くらいまで回復できればということです。そのためには、農業従事者の高齢化と減少を止めるために、農業をやりたい人が従事でき、その人たちが生計を立てられる仕組みが不可欠ですし、農地そのものの確保も必要です。また私たちの食や農業に対する認識やライフスタイルを変えることも大切です。(ちなみに、私たちの仲間である内藤正明先生(京都大学名誉教授)たちのグループが示したデータでは、現在の生活水準では5,000万人前後が生きていけるくらいしか日本の生産能力はないようです。)

2点目として、世界中どこでも作れる工業製品と、太陽・土・水といった自然の恵みを受けその土地の風土や文化を背景に育つ農作物を、同一の価値・物差しで測るべきではないという点です。日本の食文化は、世界的にも高く評価されていますが、農耕民族として生きてきた日本だからこその食へのこだわり、工夫、美や味が評価されているのだと思います。私たちも南アルプス山麓の旧長谷村に年に2度ほどお邪魔して田植えと稲刈り体験をさせてもらい、秋には美味しいお米を食していますが、美しい田園風景やお世話して下さる地元の方のことを考えると、「頂きます」の言葉がしぜんと出てきます。そうした数値換算できない価値をも農業や農作物は持っているのだと思うのです。

とはいえ、グローバル化の中で日本だけが孤立したのでは「環境文明社会」も「農業」もありえません。そこで3点目として、グローバル化の中でも、日本の食文化を継承し、それを支える日本の農業を国際競争にも負けない力強いものに育てていく長期的戦略が必要であるという点です。そのことはずっと前から、いろんな人が指摘していますが、これまでの政権は補助金と言う形で選挙対策には熱心でも、農業を重要な産業として育てることはしてこなかったわけです。それをいかにして一つの産業として位置づけ育てていくかは、環境文明社会の観点からも、「環境資源」を活かした地域の再活性化という意味でも、安全保障や日本の国の有り様を方向づける意味でも、とても重要な課題だと思います。

私たちの仲間には、厳しい状況の中でも自ら工夫し、環境にも配慮しつつ農業をビジネスとして発展させようとする人たちがいます。そんな人たちの話を聞き、応援し、政策につなげていくことも環境文明21の仕事の一つかもしれません。

政権が交代した当初の大きな期待は、今のところ裏切られ続けているように思います。しかし、それは政治家だけが悪いのではなく、私たち国民にも大きな責任があると思います。その意味で、「食」「農業」という、私たちすべての生命に関わる問題から、この国の有り様(私たちは環境文明社会にしたいと考えていますが)を皆で考えてみる、いい機会が「今」だと思うのです。