2024年6月号会報 巻頭言「風」より

ラオスで再認識した人の縁と対話の大切さ

増井 利彦


今回の原稿は、出張先のビエンチャン(ラオス)で執筆しています。現地の人によると、雨季に入り、暑さは多少和らいでいるということですが、4月頃は例年より暑かったということでした。雨が止んで日が差すと気温が一気に上昇して、まだ暑さに慣れていない私には非常に堪える出張です。私が所属する国環研では、様々な機関と連携してAIM(アジア太平洋統合評価モデル)というシミュレーションモデルを開発し、アジアでの脱炭素社会の実現に向けた長期戦略や排出削減目標に関する分析を行っています。今回の出張は、こうした取組をラオスで行うために、現地の研究者や政策決定者(天然資源環境省の責任者)と相談や議論をするためのものです。昨年にドバイで開催された気候変動枠組条約のCOP28で、日本政府は「世界全体でパリ協定の目標に取り組むための日本政府の投資促進支援パッケージ」という文書を公表しました。その中で、ネット・ゼロ目標策定支援が掲げられ、「シミュレーションモデル(アジア太平洋統合評価モデル(AIM))を活用したネット・ゼロ目標策定の支援対象を10 カ国に拡大することを目指す。」と明記されています。その作業の一環として、今回の出張に出かけているという訳です。

「このご時世、わざわざ飛行機を使って現地に行かなくても、オンラインで済ませられるのでは?」といった意見も聞こえてきそうですが、対面で会って話をすることの大切さを改めて認識するとともに、現地を実際に歩くことでその状況を理解してきました。ちなみに、カーボンオフセットはちゃんとしています。さらに付け加えると、ビエンチャンの後にフィリピンにも立ち寄り、フィリピンの政策決定者や研究者とも話をするなど、できるだけ炭素排出量が少なくなるように旅程を工夫しています。

途上国でどう削減を進めるか?

日本は、ラオスに対してこれまでに農業や空港建設など多くの支援をしてきましたが、最近目立つのは中国の動きです。鉄道建設だけでなく、ビエンチャンでも「中国が支援してくれました」という看板を多く見かけます。気候変動の分野では、他の先進国や国際機関がドナー(援助する立場)として支援していますが、夜遅くまでの議論で、政府として必要な情報がなかなか得られない、結果を受け取るだけで人が育たないといった課題も共有して頂きました。担当しているラオスの天然資源環境省の責任者は、私が東工大の博士課程で指導してきた方という縁もあり、AIMでこれまでに行ってきたアジアでの取組や意義を理解していて、ラオス国立大学の先生にも声をかけ、モデル開発などをどう進めるかについて、色々と話をする機会を設定してくれました。ラオスの発展と温室効果ガス排出削減のためにも、これまでのドナーと協力した形で支援することを約束しました。同時に、ラオスの日本大使館やJICAの方とも話をして、様々な協力を依頼してきました。現地でしか開催されない会合もあるためで、こうした会合に参加して情報を収集し、何が求められているかを把握するのも大切になります。

科学的な視点で研究を進めることは大切ですが、1.5℃目標のバジェットが残り少なくなった状況では、科学的知見を具体的な政策や対策にいかに早く反映させられるかが大切となります。そこでは、論文を書くという研究だけでなく、政策決定者も巻き込んで、実効性のある気候変動対策の実現に向けた作業も重要となり、我々はそうしたことにも精力的に取り組んでいます。なお、これまでのアジアでの我々の取組は、国環研の環境儀というブックレットで「アジアの研究者とともに築く脱炭素社会統合評価モデルAIM の開発を通じた国際協力」として紹介しており、是非ご覧下さい(https:// www.nies.go.jp/kanko/kankyogi/74/02-03.html)。

対話の重要性

こうした取組は、実効性ある気候変動対策に向けて必要不可欠ですが、一方で、議論のための時間も必要です。最近は「タイパ」で代表されるように効率性が求められてはいますが、異なる立場の人々が単なる利益誘導ではなく、社会全体のことを考えるには、それぞれ自分事として膝を突き合わせてじっくりと対話をすることも重要と思っています。そうすることで、気候変動だけでなく社会の発展や他の環境問題を同時に解決できるような取組へと発展できるからです。気候変動問題の解決には、対立するような取組(どこに太陽光パネルを建設するか?)も時には必要となりますが、様々な意見を持つ人が国や地球全体のことを考えて議論することで、妥協点を見いだせるようになります。こうした考えのもとで、我々は、単にモデルを提供する、結果を提供するのではなく、人材育成を含めた取組を進めるとともに、政策決定者と議論を重ね、また、様々なステークホルダーと結果を共有する機会を積極的に持つようにしています。様々な意見をできる限り反映させるとともに、気候変動問題の重要性を理解してもらえるように我々からも働きかけています。

ところが、脱炭素に関する議論に限らず今の議論は、いかに自分の主張を実現させるかということが中心になっているように見えます。お互いに禍根を残さない議論や対話の方法があるのではないかと思います。民主主義なので、最終的には多数派の意見が優先されますが、少数派にも配慮するというのが真の民主主義で、そのためには時間がかかることも認識して議論してもいいのではないかと思います。脱炭素社会に向けて残された時間は多くありませんが、本質的な対話を行うことが近道になると信じています。こうしたことをみんなが意識することで、再エネ設備が単なる迷惑施設として扱われることもなくなり、水俣で行われて批判された形だけの会合も改善するのではないかと思います。

最後に、日本でも同様の排出削減目標を更新する議論がこれから本格化します。様々な問題があることは事実ですが、途上国の人たちからも「さすが日本の排出削減目標」といわれるような内容を目指して研究を進めていきます。