2025年6月号会報 巻頭言「風」より
不十分な目標ではあるが
増井 利彦
●大阪では2回目の万博がスタート
大阪・関西万博が始まりました。1970年に開催された大阪万博の期間中に大阪で生まれた私としては、つくばにいてもなんとなく気になります。開幕後に、大阪の実家に帰省した時に、新大阪駅は万博一色で外国人をはじめ観光客の多さに圧倒されました。開催前からいろいろと言われていましたし、開幕後も課題が見つかっているようですが、「いのち輝く未来社会のデザイン」というテーマにふさわしい内容を目指してほしいものです。
特に、「SDGs達成への貢献」も目指していて、パビリオン建設などもリサイクルを意識したものとなっているようですが、グリーンウォッシュと言われないように、見た目だけでなく、本質的な部分でも環境やいのちを考える機会となってほしいものです。そのためにも、一過性の展示に終わらせるのではなく、いかに環境保全やそれに資する技術を普及させるかということも、展示する側、展示を見る側双方が考えてほしいです。
これまでは自分の年齢を説明する時に、「万博の年に生まれました」と言えば通じていましたが、これからは「1回目の万博の年に生まれました」と説明しないと55歳も間違えられてしまう可能性があり、やや面倒です。私が住むつくばでは、1985年に科学万博が行われました。こちらでは万博と言えば地元で開催された科学万博のことを指すようで、はじめてつくばに来た30年以上も前に「万博の年に生まれました」と普段通りの説明をすると、怪訝そうな顔をされ、同じ日本なのに、うどんやそばの出汁の色だけでなく、言葉の持つイメージも地域によってこんなに違うのかと感じたことを思い出します。
●日本の排出削減目標
違いといえば、排出削減目標に関する議論も立場による意見の違いが明確で、どのように折り合いをつけるかという議論が深まらないまま終了しました。少し古い話題ですが、半年に1回の機会なのでご容赦下さい。
2024年の年末に、新しい地球温暖化対策計画がエネルギー基本計画、GX2040ビジョンとともに示され、パブリックコメントを経て2025年2月に閣議決定されました。地球温暖化対策計画には、温室効果ガス排出量を2035年に2013年比60%削減し、2040年に73%削減するという新しい削減目標が示され、更新されたNDCとして国連に提出されました。私自身も、こうした議論を行うために環境省と経済産業省が合同で設置した審議会に委員として参加し、カーボンバジェットの観点から早期の削減が必要という意見を述べました。
今回の議論では、審議の進め方の問題もあり12月に異例とも言える10時間にも及ぶ時間をかけて議論が行われました。通常の審議会は「1人3分」といった時間制限の中で委員が順に発言していくという形式で運営されますが、今回は、時間や回数を区切らずに発言を認めるというものでした。最終的には事務局が示した直線的な削減目標になりましたが、議論を打ち切るのではなく、とことん意見を出すということで、意味のある会合だったと思います。一方で、こうした議論は最終盤の先が見えてからのものであり、最初からこうしたスタイルで議論が行われていればとも思います。また、排出削減の議論とともに、エネルギー基本計画の議論も並行して行われましたが、そうした他の議論とは交わることなく縦割りで進められました。温室効果ガス排出削減を考えてエネルギーを議論する、逆に、エネルギーを考えて温室効果ガス排出削減を議論するというように、本来はキャッチボールが必要ではありますが、そうしたことも不十分だったと思います。
さらに、私が所属する国環研も排出経路についての試算結果を提供しましたが、こちらも1回だけ結果を示して終わりではなく、委員の意見を踏まえた追加計算をして議論を深めることも必要ですが、今回はそうしたことも叶いませんでした。とはいえ、とことん意見を出せたことは大きな前進ですので、1.5℃目標の実現に向けて時間が限られていますが、次の改定の機会に期待したいと思います。
●どのように将来を議論するか?
こうした将来の排出削減の議論では、できることから考える「フォアキャスト」と、達成すべき目標から考える「バックキャスト」の2つの方法があります。今回の議論では、どちらも「2050年の温室効果ガス排出量を実質ゼロにする」という目標を前提としていますのでバックキャストで議論したと言えます。しかし、対策の前倒しを求めた意見は気候変動を回避することを強く意識し、一方の後になって多く削減するという意見は技術進歩を待って対策を強化するというフォアキャストの考え方に近いものと言えます。将来は不確実ですので、様々な課題を踏まえて検討することが求められます。我々の試算では、対策を前倒しする場合、費用が高い状態で大量の対策を導入する必要がある一方、後になって対策を強化する場合でも、電化などが設備の置き換えのタイミングとあわずに大量の合成燃料に頼らざるを得ないなど、別の問題を引き起こすことがわかりました。2050年までの残された時間はわずかですが、その時間を有効に活用するような対策が必要となります。詳しくは、国立環境研究所社会システム領域のディスカッションペーパーとしてまとめていますので、ご覧ください。
1.5℃目標の実現といった点からは課題のある新たな排出削減目標ですが、どのような排出経路であっても簡単に実現できるものではありません。いかに対策を進めるかということを一人一人が考え、実践する必要があります。1990年以降というより長期の視点からは、これまでの排出経路は明らかに対策を先送りしたものです。これ以上先送りすることのないように直ちに行動する必要があります。