アメリカNGO事情(上)(会報『環境と文明』1998年10月号より)

自分なりに日本で5年余ほどNGOとして苦悶してきた経験を基に、NGO活動の本場であるアメリカでは、①NGOは実際にどのように市民や政治に働きかけているのか、②その活動の源泉である社会の支持を端的に示す会員数や資金源の拡充のために実際にどんな努力をしているのかを知るために、私は先月、ジャスコ・グループのイオン環境財団の支援を得てアメリカを訪れた。

私の長年の友人でマサチューセッツ工科大学(MIT)をベースに途上国の汚水処理など水問題に国際的に活動しているスーザン・マーコットさんを道案内に、藤村コノヱさんと3人で10日間、ボストン、ニューヨークを中心に、NGOばかり10団体を訪ね、それぞれの中心的な活動家とかなり詳細にわたって話し込んできた。私が想像していた以上に、NGOはアメリカ社会の不可欠な一員として組み込まれている。スーザン・マーコットによれば、「今日では空気のように当たり前の存在であり、その活動を支えるためにお金や時間のある人が貢献することは当然のこと」であり、極めて実質的な仕事をしていることを改めて認識させられた。

例えば、

  1. 温暖化対策については、大統領や副大統領といった政界の要人やマスメディアに、直接、京都会議(COP3)で合意を得ることの重要性を繰り返し訴え、米国政府代表団が温暖化ガス7%削減を受け入れるよう精力的に働きかけた。
  2. 京都会議後は、京都議定書が出来るだけ早期に米議会によって批准されるよう(現時点では議会は反対)、まず主要な企業に対し対策を早期にとった方がいかに有利であるかの説得活動をしている。また中国、インドなどの途上国が温暖化対応をとることが、如何に自国の公害対策や国民の健康保護に役立つかを具体的に示すよう協力する。
  3. ソーラー、風力、水力、バイオガスなどの再生エネルギー資源を電力会社や消費者がより多く使用するようになるための州の法案を準備し、それを議会が通すよう強く働きかけた。
  4. メディアが環境に関する記事やニュースを正しく取り上げるよう主要な記者や編集者に日常的に接触し、科学的に間違った記事が掲載された場合には、積極的に反論などを書く。
  5. アメリカでは、税制上、一定の要件さえ満たすNGOであればどこでも、個人や企業の寄付や会費支払に対し、所得から控除が得られる税制上の優遇措置を最大限に利用して、活動資金確保にあの手この手を使って努力している。

そのほかに、会員が会費を払いやすいように、いくつもの会費クラス(通常、年額20-1000ドル程度)を設けたり、遺書に、財産の一部や全部を団体に寄付するよう書きこんでもらう運動をしたり、会員になると団体に所属することになるので、個人事業者などの場合、自動車保険が減額される仕組みをつくって会員を勧誘したりと、私などには想像も出来なかった方法で知恵を出し、生き生きと活動しているのが極めて印象的である。

このような努力の結果、医療などの慈善事業、教育(私立学校。これには、ハーバード、イエール、スタンフォード、MITなどの名門校の多くが含まれる)、環境保護などの分野全体で民間に集まるお金は年間約2000億ドル(GDPの2.5%)、日本円にして約26兆円の巨額となっているというから驚く。ちなみにGDPの2.5%は日本の場合なら12.5兆円に相当する。まさに日本とはパワー構造が違うのだ。そのイメージを図示すると次のようなことになろうか。

もちろんこのようなことを可能にしたのは、アメリカの税制だ。よく言われるように、一定の要件を満たすNGOに対して寄付をしたり、会費を支払うと個人や企業の所得から控除される。そこで、個人や企業が税として支払うか、あるいは社会のために必要と考えるNGO活動を資金面で支援するか選択できる仕組みがあることが重要だ。

アメリカは1世紀以上も前から、このような構造や仕組みをつくってきたが、何故このような構造や仕組みをつくってきたが、何故このような構造を持つに至ったかは、興味ある問題である。

私は今回に限らずこれまで長いこと、いろいろなアメリカ人とこの問題について語り合ってきたが、現時点での私の結論は、

  1. アメリカ合衆国は建国以来、政府に迫害されたり、政府に反対して逃れてきた人が中心になって国づくりをすすめてきたので、政府に対する信頼度が初めから低く、政府の権限を大きくすることの危険を身にしみている人が多い。従って、政府機関を牽制するだけの力を持つNGOを育てておくことは、国益にも合致すると思われている。
  2. アメリカを形づくってきたリーダーの多くはキリスト教で育てられてきたが、教会では、お金に余裕のある人は献金して、社会の正義や貧しい人の福祉に尽くすのが当然であると考えられており、喜んでこれに応ずる習慣が長年にわたって形成されている。

ということになろうか。


アメリカNGO事情(下)(会報『環境と文明』1998年12月号より)

10月号では、アメリカNGO訪問の概要を報告したが、今回は全体的特色と今後日本のNGOとして学ぶべき点についてまとめてみた。

1.全体的特色

①豊富な財源

訪問したどのNGOも、積極的な活動を展開しているだけでなく、事務所、スタッフの給与等も日本のNGOよりはるかに豊富な財源を持っているように見えた。オフィスも立派で、スタッフも颯爽とした感じである。実際、前回紹介したようにNGOに集まる資金は年間約2000億$(約26兆円)にも及ぶ。これは税法やNGO側の努力にもよるが、支払う方からすれば、何に使われるか分からない税金として収めるよりも、寄付や会費のかたちで支払った方が、賛同する活動に対して支援ができ社会貢献もできることになり、ある種の満足感も得られて好都合である。この12月から施行されたNPO法では、税額控除要項が最も重要とされながら、大蔵省の猛反対で削除されたという経緯があるが、これなくしてNPOの健全な活動は成り立たないことを、昨年のドイツ、そして今年の米国調査から痛感した。

②会員の多さ

会員数は日本よりはるかに多いことはよく知られているが、会員獲得のためにマスメディアやDMなどを活用した積極的な広報活動を展開し、専任スタッフが配置されていることはあまり知られていない。また、NGO間の競争も熾烈で、社会を動かすために活動の上では連携を取りつつも、常にライバルとして各々の活動をより魅力あるものにしていく努力を日常的に行っているようだ。またこうした努力とともに、NGOの会員になることによって生じる様々なメリットも会員数の多さの一要因と思われる。即ち、NGOが社会的に認知されていることから、たとえ一個人であってもその活動に参加すれば社会に何らかの影響を及ぼすことができるといった満足感、さらには税制上も優遇されるという、物心両面でのメリットが会員には与えられるという点である。NGOが未だ社会的認知を得ておらず、税制面だけでなく精神的な満足感さえ少ない日本では、会員数が少ないのは致し方ない状況なのかもしれない。

③ビジョン、活動目的、活動内容が明確

訪問したどのNGOでも、ビジョン、当面の活動目標、活動内容、対象が明確に示されていた。例えば、UCSは科学者の集まりらしく科学的研究に基づき主に地球環境問題についてのロビー活動と広報活動を行う、CLFは法廷活動を通じて地域環境の保全に努める、SNは高等教育機関のみを対象とした環境教育を行う、同じ環境教育でもMAは子供・教師・親子を対象に自然環境教育を行うなど、それぞれの活動の目的を明確にし、特色を生かした活動を展開していた。

④政治家やマスコミを有効に活用する

日本では、草の根的な活動が多く、政策提言をしながら政治家に積極的に働きかけたり、マスコミ等を活用して社会全体に呼びかけるようなアドボカシー型の活動はあまり存在しない。一方アメリカでは、政策提言やロビー活動を活動の柱に置くNGOも数多く存在する。これは、NGOが善意の市民の集まりとしてよりはむしろ、プロ集団として社会の仕組みづくりに貢献していることを示すものと思われる。また、専任スタッフを置き、マスコミを活用するあたりは米国らしい方法と感じたが、マスコミの利用は大衆を巻き込むのに効果的な方法であり、日本のNGOもマスコミ利用を考えていく必要があろう。但し、こうした専門的な活動が展開できる裏には、税制的優遇措置→有能な人材を集められるだけの財政基盤→ロビー活動・広報活動といった流れがあることがやはり大きいと思われる。

2.今後の日本のNGOの方向

昨年のドイツ訪問同様、今回のアメリカ訪問も得るところが多かったが、特に次のような点は、「考える会」並びに日本のNGOとして学ぶべき点といえよう。

①明確なビジョンと活動内容を示す。

どのようなビジョンを持ち、それを実現するために具体的にどのような活動をするか、その道筋を誰にでも納得できる形で明確に示すことが大切で、これが会員拡充→活動の拡大→社会への影響力、といった流れを作り出すものと思われる。「考える会」も最近自販機問題など具体的なテーマを取り扱うようになったが、さらにビジョンと具体的活動をつなげていく努力が必要だと感じた。

②自立した精神と柔軟なアプローチ

財源的に厳しい日本のNGOは、「どこにも頼らず細々とやる」か「多少意にそわなくてもスポンサーを獲得する」方法で活動する傾向があるが、これでは社会を動かす十分な活動は困難である。精神的にはどこにも依存せず自らが掲げた明確なビジョンに向かって行動する、しかし、会員拡充や資金調達に関しては、恥ずかしがらずに「社会貢献のための勝王には財源が必要」なことを様々な手法を駆使して積極的に社会にアピールしていく。こうした自立した精神と柔軟なアプローチが日本のNGOにも必要であり、それがNGOの社会的地位の確立にもつながるのではないかと思う。

③持続的な財源基盤

これを確保するには、前号で紹介した社会システムと人々の意識の双方が必要である。そのために、当面は昨年成立したNPO法の中に税の優遇措置の導入を働きかけていくことが必要ではなかろうか。また、教育の中でボランティア領域を拡大させ社会貢献の意義を伝えていけるよう、教育内容そのものを改善していく必要もあろう。持続的な財政的基盤→有能な人材の確保→ハイレベル・多面的な活動→社会への影響力につながる。

④政策形成能力

日本のNGOに政策形成能力がないのは、財政基盤が弱く、有能な人材の確保が困難であり、プロ集団として成熟していないことが大きな原因と考えられる。その一方で、常に「お上・行政」を頼みにしてきた国民性とそれに支えられ拡大し続けてきた強固な行政システムにも原因があると思われる。「NGOにはどうぜ大したことはできない」という意識が政府・行政だけでなく、国民の間にもあることは否めない。しかし、昨今の社会情勢を見ると、この意識も急速に変わりつつあり、こうした時こそNGOが力を結集し時代に見合った政策提言を行っていく必要があろう。NGOの力の結集→政策提言→社会的認知・有能な人材の確保→財政基盤の確立、といった逆方向の流れを作り出すことも必要かもしれない。

⑤コミュニケーション能力

「考える会」もこれまで「自分たちはいい活動をしているのだから、いつか誰かがわかってくれる」という意識が強く、他の人に自らの活動を積極的にPRしていくことをあまりしてこなかった。しかし、これだけ情報が蔓延した社会で「働きかけずに待つ」だけでは、その活動を理解してもらえないのが現状である。マスメディアなどを利用したPRを行う一方、環境教育的な要素も組み込み、直接的なアプローチでコミュニケーション能力を高めていくことも必要であろう。情報があふれる現代社会においても、必ずしも「必要な情報が、必要な時に、必要とする人に行き渡っていない」という現状を踏まえ、多様なコミュニケーション手法を学び活用していくことも必要であろう。


以上10日間のアメリカNGO視察の「知的報告」であるが、これ以外にもスーザンとの10日間の共同生活で、「広大な国土の中で単に物質的な豊かさのみを求めているわけではないアメリカ人」と「狭い国土の中で物質的豊かさのみに翻弄されている日本人」の違いを痛感させられるような体験も数多くあった。これについてはまたの機会に報告しようと思う。なお、視察報告の詳細は「考える会」のホームページをご覧下さい。