京都議定書拒否、米は利己的

ブッシュ米国大統領は、三月末に京都議定書に不支持を表明した。ブッシュ氏は、選挙戦を通じ、地球温暖化問題に対して消極的であったことは広く知られていた。大統領となった後、この重大な問題にどう対応するかが注目されていたが、この時期に不支持を明確にしたことは、多くの国で驚きをもって迎えられている。

今年に入って、国連の専門家パネル(IPCC)が次々と新しい知見を発表し、これまで考えられていた以上の地球温暖化の深刻化と影響の甚大さを指摘していただけに、今回の表明は、きわめて遺憾である。

不支持の理由として、発展途上国に温室効果ガスの排出削減義務がないことや、米国経済への悪影響を挙げていることが伝えられている。折しも、米国内では経済が後退し始め、カリフォルニアでは異常な電力危機が発生している状況もこの決定に政治的に利用された観が深い。

最近の科学によれば、氷河期から今日までの過去一万年間、地球の平均気温は比較的安定していた。どの百年間をとっても変化は一度以内、特に過去千年間で最も暖かい世紀となった二十世紀においても、平均気温は〇・六度の上昇であった。それが、今後百年間で一・四~五・八度上昇し、最悪の状況下では、地球の生態系と人類社会に壊滅的な影響を与えるという。

そのような中で、世界の温室効果ガスの四分の一を排出し続ける米国の大統領が、これまで地球温暖化の主要な原因となっていない途上国に削減義務がかかっていないことなどを理由に拒否するのは驚くべきことだ。

そもそも京都議定書の基となる気候変動枠組み条約は、今から九年前、ブラジル、リオデジャネイロで開催された地球サミットにおいて成立したが、それに合意した米国大統領は、ほかならぬブッシュ大統領の父君である。当時ブッシュ大統領は自らリオに乗り込み、途上国と先進国との間に「共通であるが差異のある責任」、つまり、汚染の寄与に応じて責任が生じるという原則に合意した。

現在の温暖化の責任の割合は、八割程度が先進国にある。だからまず先進国は、温室効果ガス削減をすることに米国政府も含めて合意したのである。

二十一世紀に確実にやってくる温暖化の重大な脅威に対して、京都議定書は第一歩に過ぎない。前政権時代に署名した京都議定書に背を向けるのは、超大国のリーダーにもふさわしくないエゴイスティックな決定と言わざるを得ない。これは、米国の科学者やNGO(民間活動団体)の長年にわたる努力に泥を塗ることになる。

選挙戦で激しく争ったゴア氏が、京都議定書の作成に大きな役割を果たした故か、ブッシュ政権は、京都議定書に冷たいと言われてきた。今回の不支持決定の背後にそういう思惑があるとすれば、人類の未来がかかっているだけに、ブッシュ氏の責任は大きい。

日本政府も、EU(欧州連合)諸国も、早速ワシントンに代表団を送り、決定を見直すよう強く促した。特に日本は、こと環境問題に関する限り、米国に追随せず、京都議定書に引き戻す努力をしてほしい。

加えて政府自身も京都議定書の速やかな批准に向けて最大限の努力をすべきである。どうしても米国が乗ってこない時には、米国抜きでも、他の先進諸国と京都議定書の速やかな発効の道を突き進むべきである。

米国の第一級の経済人や政治家は、温暖化対応を遅らせることが、何の利益にもならないことを充分に理解しているはずである。なぜなら、彼らこそ温暖化対応を早く取ればとるほどコストも小さく済むだけでなく、新技術や新ビジネスを産み出し、社会に活力をもたらすことをよく知っているからである。

NPO法人環境文明21代表
加藤 三郎


本稿は、読売新聞2001年4月12日「論点」に掲載されました。