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「長期戦略策定に向けた懇談会提言」に対する環境文明21の緊急声明

1. 去る4月2日に、「パリ協定に基づく成長戦略としての長期戦略策定に向けた懇談会提言」が取りまとめられ、安倍晋三首相に提出された。この懇談会は、昨年6月4日に開催された「未来投資会議」において、安倍首相は「地球温暖化対策はもはや企業にとってコストではなく、競争力の源泉であり、環境問題への対応に積極的な企業に世界中から資金が集まり、次なる成長と更なる対策が可能となる」旨の認識を示すとともに、これまでの常識に捉われない新たなビジョン策定のため、金融界、経済界、学界など各界の有識者を集め、検討を進めるよう指示したのを受けて組織されたものである。

2. 提言は、全27頁にわたり、気候変動に関わる最近の情勢レビュー、長期戦略の策定にあたっての視点、長期戦略に盛り込むべき重要な要素、さらに分野横断的な対策・施策などが盛り込まれている。特に、気候変動の深刻さについては、世界各地で頻発する異常気象は人間活動の拡大が地球の限界を超えようとしているためとの認識を表明するとともに、昨年10月にIPCCが取りまとめた「1.5℃特別報告書」の中身についても触れ、その対応として、本提言には「非連続なイノベーション」「野心的なビジョン」「スピード感をもって取り組む」などの言葉が繰り返し述べられている。

3. しかし、肝心の、深刻な温暖化への具体的な対策としては、「水素社会」「CCS」「CCU」「人工光合成」「メタネーション」など、従来から言われる科学技術に関する内容が随所に盛り込まれているものの、それを実現するための政策手段についての提言は極めて通りいっぺんの内容に留まっている。

4. 安倍政権は2050年までに温室効果ガスの80%削減を目標としているが、多くの専門家がその実現に必要不可欠と考えるカーボンプライシングについては、「市場を介した価格付けだけでなく、税制も含まれる(既に一部導入)が、制度によりその効果、評価、課題も異なる。国際的な動向や日本の事情、産業の国際競争力への影響などを踏まえた専門的・技術的な議論が必要である。」とわずか4行で括ったままである。これは、既に日本の専門家の間でもほぼ四半世紀以上も議論してきた経緯や、世界の主要国で実際に導入が進み効果を挙げている事実を無視する内容であり、「非連続的なイノベーション」、「野心的なビジョン」といった提言内容・表現とは著しく乖離する、旧態依然とした考え方に終始したものである。

5. また、IPCC「1.5℃特別報告書」では、①このままの率で温暖化が進めば、早ければ2030年にも気温は1.5℃上昇すると予想、②1.5℃に抑えるには、2030年までに2010年のレベルと比べてCO2排出量を約45%削減する必要がある、③1.5℃に抑えるには、CO2排出量は2050年頃までにほぼ「正味ゼロ」にする必要があり、その時の電源構成は、再エネが70-85%、石炭はゼロとなる、④1.5℃に抑えるには、すべての部門での排出量の削減やCO2除去も含めた様々な技術の採用、インフラや産業システム、行動様式など急速かつ広範な変更、低炭素オプションへの投資の増加など、これまでにないスケールでの実施が必要と指摘している。しかし、今回の提言では、そうした極めて重要な記述には触れられていない。

6. さらに、こうした大変革を実現するには、ビジネスだけでなく、国民一人ひとりの理解と積極的な支持・行動が大前提であるにもかかわらず、そうした内容も含まれていない。

7. IPCCが求めている非連続なイノベーションとは、現代文明全般にわたって「これまでにないスケール」での変革の実施であり、単に水素社会、CCS、CCU、人工光合成、などいくつかの技術要素の導入にとどまるものではない。まさに、産業構造や経済システムの転換、エネルギーや社会システムの見直し、そして価値観の転換など、脱炭素社会に向けた新たな文明の構築をも視野に入れたものである。しかし、今回の提言書では、「今世紀後半以降の未来も視野に入れた経済システム、人間の生き方の変更が究極の目標」との文言の表記に留まり、次世代を見据えた新たな戦略の策定を促す気迫は読み取れない。

8. 私たち環境文明21は、パリ協定が求めている「脱炭素社会」の実現には、経済や技術だけに依拠した、ビジネス主導の変革では全く不十分であり、企業・市民・NPO・研究者等も含めたあらゆるセクターでの、価値観の転換、制度の変更、技術の革新といった、まさに人間力の結集こそが重要であると考えている。
取りまとめられた提言では、その認識が欠落していると思われることから、本年6月までに政府で策定する長期戦略には、この観点も反映した内容にして頂くことを強く要望する。

2019年4月 認定NPO法人環境文明二十一
代表 藤村コノヱ
顧問 加藤三郎


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