2000年8月号会報 巻頭言「風」より

経済の中身を変えよう

加藤 三郎


私は本欄本年6月号で「景気はそんなに大切か」を問う文章を掲げた。その際、編集会議での議論で、編集人の鈴木猛さんから「加藤さんの意見として、これはこれでいいのだが、会員さんの中から、やっぱり景気は必要だとか、景気をよくしてもらって何が悪いといった異論、反論が間髪を容れず出てくると面白いんですがねぇ」という話があった。

私自身も、あの文章で書いたように、環境のためなら経済がどうなってもよいなどとは毛頭考えていないので、景気を大切にする立場から意見が出るのも大変いいことだと思っていた。しかし今のところ、異論、反論を真正面から述べるコメントは届いていない。しかし私には、いろいろな意見が身近なところからも聞こえてくる。曰く、「所長は生活に困ってないから、景気はそんなに大切かなどとのん気なことをことを言っていられるんだ。町を歩いてごらん。小さな商店なんかは、物が売れず、後継者もなく、もう店を閉めようかと言っている人達もたくさんいる」。あるいは曰く「景気がよくないと、せっかく大学まで出した息子の就職にも差し障るので困る」。

そんな時、私の尊敬する先輩で現在、阪神地域で医療に携わっているWさんから、暑中見舞いをかねて次のようなご意見が届いた。「「景気はそんなに大切か」では、環境も景気も改善される政治はないのかと私のような社会音痴は早合点してしまいます。説明不足が残念。今、産業医で時折、震災後の神戸の零細企業を回っていますが、無表情な中年新規採用者にしばしば出会い、心中を察すると言葉がありません」。

やはり零細企業あたりを回っていると、景気が大切だということが身にしみての私へのアドバイスだと受け止めた。

鈴木猛さんが期待したように、やはり会員さんの中には、景気はそんなに大切かと問い続ける私の意見に違和感があるようで、そのこと自体はとても貴重でありがたい。私自身が言いたかったことは、今のまま、借金に借金を重ね、「振興」策を小出しにして何とか乗り切っていこうとするやり方、これはとても長続きし得ない。そのかわり21世紀の持続可能な社会づくりに活きるような、そういう公共投資や民間投資は、生活環境を維持、向上させ、経済の質を一定に保つ上で必要だということだ。

表1 21世紀の社会資本の方向性

分野 方向性 具体事例
社会資本の整備
  • 巨大事業→きめ細やかな中・小規模事業
  • 大都市集中→分散・地域へ
  • 経済成長→社会の持続性
  • 官主導→民主導
  • 民主的プロセス(透明性、公開性)
  • 効率優先→環境資源の効率的用
  • 美しく品格のあるまちづくり
  • 耐久性のある公営住宅
  • 電線・電柱の地中化
  • バリアフリーのまちづくり
  • 屋外広告物の規制(美化)
  • なんでも「下水道」でなく、合併処理浄化槽を含む多様な生活排水処理施設
  • クルマのための道路づくりから、自転車道や歩道にウェイトを移す
  • 雨水貯留施設の整備
  • 地球温暖化による異常気象や海面上昇への対応(海岸からのセットバックなど)

出所:環境文明研究所

しからば、どんな事業をやったらいいのか。先月の沖縄でのサミットでは、IT(情報技術)革命が21世紀の人類社会を引っ張るほどの力があるとの認識が出されていたが、あやしいものだ。従来型でないどういうことをしたらいいのかについて、我々環境分野にいる者は答えていかなければならない。少なくとも私は次のようなことを考えている。言葉にすると長くなってしまうので、まず第一表を見ていただきたい。

これは社会資本整備のこれからの方向を私なりに示したものである。表に書いてあることを一言で言えば、中央集権による巨大事業からきめ細かな中小規模の事業を、民主的なプロセスでもって環境に配慮しながら実施していくことにつきる。その考え方にそっての具体事例も載せておいた。ご検討いただきたい。各論的には第二表を見ていただきたい。私は循環社会をつくるために、必要な分野として、物質循環、エネルギー、交通、土地利用、食・農業、そして民間の設備投資の6項目を掲げてみた。

二つの表に載せたものは、今のところ事例に過ぎず、しかもそれぞれの事業規模、例えば電線・電柱の地中化一つとっても、どのくらいの時間と費用がかかるのかといったことは、この表にはまだ書いていないし、私自身も今のところそこまで調べがいっていない。しかし、会員さんと共々こういう表の内容を充実させていき、リストアップした事業がどの程度経済の中身を循環型に変えることができるものなのか、明らかになれば、具体的な政策提言となっていくのではないか。このようなことについてもご意見をいただければ幸いである。

表2 21世紀の社会資本等の整備具体例

分野 方向性 具体事例
1.物質循環の促進(廃棄物関連)
  • リデユース、リユース、リサイクルの3Rの徹底
  • 「廃棄物」を「循環資源」へ
  • 地域にリサイクル拠点の整備
  • 有機系(バイオマス)エネルギー施設の設置
  • 既存埋立地の再生
  • リサイクル市場の育成
  • 鉄道貨物による廃棄物や循環資源の輸送促進の施設整備
2.エネルギー開発
  • CO2排出削減(化石燃料の抑制利用)
  • 既存の原子力施設の安全管理徹底と新設の抑制
  • 自然エネルギー(太陽光、風力、バイオマス、小水力等)の開発・利用
  • 大型集中立地→分散型立地
  • 電源は傾向的には石炭→石油→天然ガス
  • 太陽光と風力の発電所建設
  • バイオマスによる分散型コジェネ施設
  • 天然ガス・パイプラインの建設
  • 家庭・事務所用の燃料電池のコジェネ・システムの普及
  • 下水排熱など未利用熱源の開発・利用
  • エコ・ステーション(天然ガス等の供給施設)の設置
3.交通体系の改革
  • クルマ自体の低公害化
  • 道路建設・投資方法の変更
  • クルマの所有・利用形態の変更
  • 交通総量の規制
  • 公共交通機関の充実
  • 運転免許基準の強化・見直し
  • クルマ中心の道路づくりから、歩道、遊歩道、自転車道の建設へシフト
  • コミュニティバスなどの利用しやすいバスの運行、鉄道の利用の快適性向上
  • 地下鉄、モノレール、路面電車などの多様な公共交通機関
  • 公的駐車場の戦略的整備
4.土地利用の整備
  • 安全空間の確保
  • 景観・美観の保護
  • 緑の確保
  • クルマ利用の規制強化(ヒューマンスケールの地域づくり)
  • 森林での育林や農地の保全
  • 緑地空間の確保
  • 国土の環境資本台帳の作成
  • 汚染土壌や地下水の浄化事業
  • ビオトープや市民農場などの配置強化
  • テレワークなど職住接近
5.食・農業の
ルネッサンス
  • 自給率のアップ
  • 食べ残しや有機性廃棄物の資源利用
  • 定年帰農の活用など
  • 遊休地、耕作放棄地を活用した市民農園や農業を学びたい人の「農業塾」などの設備・運営
  • 国有林、民有林にエコ・ツーリズムのための施設(木道、学習教室、宿舎…)
  • コンポスト施設やバイオガス利用施設の整備
6.民間の設備投資
  • 大量生産・大量消費 → 適量生産・適量消費
  • 省エネ等の環境配慮
  • ゼロエミッション
  • 工業原料も生分解性へシフト
  • 革新的技術の開発
  • 修理体制、回収・再生体制の確立(リース・レンタル化)
  • ゼロ・エミッション工場化
  • 省エネ・省資源

出所:環境文明研究所