2000年9月号会報 巻頭言「風」より

企業トップの意見を聞く

加藤 三郎


会員の皆様にはつとにお気づきのことだったと思いますが、私は毎日新聞の連載企画「どうする?循環社会を築くために」を昨年の夏から今年の夏までちょうど1年間担当しました。毎月2人ずつ合計24人から話を伺い、最後に私のとりまとめを入れて合計25回の連載企画でした。お目にかかった方々は、経済人17人、政治家3人、経済学者2人、国際NGO1人、官僚1人といった内訳です。私はこのシリーズでは対論者としてではなく、聞き手に徹して広く環境問題について経済分野のリーダーのお考えを引き出すことに努めたつもりです。

何故この企画が始まったか。これは我が国の地球温暖化問題への対応の鈍さへの私や毎日新聞の今松英悦論説委員などの担当者が共有する危機感から始まりました。本誌でも繰り返し述べておりますように、今から3年前、地球温暖化防止京都会議では、日本は議長国となり二酸化炭素などの温室効果ガスの排出を2010年前後に先進国平均で1990年比5%以上の削減、日本は6%の削減を約束しました。日本でのその後の温室効果ガスの増加趨勢から判断しますと2010年前後までに6%削減することは極めて困難であり、小手先の対応では到底達成し得ないと当時も考えられ、そして今でも同じ認識です。産業構造や技術、私達の価値観やライフスタイルまで変革し、循環を基調とし環境負荷の少ない持続可能な社会につくり変えなければならないことは、環境やエネルギーのことを多少でも勉強した人なら明らかです。

それにもかかわらず、京都会議の翌98年には政治も経済も温暖化対策の必要性を忘れてしまったかのように金融危機や景気対策の対応に終始するようになりました。私達は京都の約束のゆくえが一体どこに行ってしまうのか、見えなくなってしまいました。このような状況に私達は危機感を持ち、日本の経済人は環境の世紀といわれる来世紀への対応をどう考えているのか率直に質問をぶつけ、直接話を伺うこととしたのです。

お会いした方は経済政治分野とはいいながら多岐にわたります。その時々のテーマも随分異なりましたが、いずれも真剣に対応して下さり、経済のあり方、企業のあり方、さらには循環社会創造に必要な経済的手法などについて語って下さり、私達NGOへの期待も表明していただけたと思います。本誌が9月、10月の2号にわたって企業のグリーン化を特集するにあたり我が国経済界のトップにいる人達がどう考えているかを、私が伺った生の声を2回にわたってご紹介をしたいと思います。

テーマごとに検討してもいいのですが、わかりやすさという観点で紙面に掲載された順に、ポイントと思われる点を紹介しますお方のやり取り全体に関心のある方は毎日新聞の紙面を見ていただきたいと存じます。

○稲盛和夫氏(京セラ名誉会長)(1999年8月9日付)

加藤:
稲盛さんは、「足るを知る」ということで21世紀を考えるべきではないかと主張されています。経済界のリーダーとしては大胆な考え方だと思いますが、その背景を聞かせて下さい。
稲盛:
産業革命で人類が工業手段としての動力を見つけ出し、経済は発達しました。それを加速したのが人間の際限のない欲望で、科学も発展させました。その結果、資源の消費は際限なく拡大し、環境問題や食糧問題に大きな影響力を及ぼしています。経済が際限なく拡大していくことはないだろうと、漠然と多くの人が分かっていると思います。ところが、近代経済学では経済成長が社会システムとして組み込まれており、変えることができないと思われている。これに手をつけてみようではないか、経済成長のない社会システムはあるのではないかということです。物理学や化学の世界では地球上、宇宙のすべての資源やエネルギーは有限で、増えも減りもせず、不変です。そのなかで、素晴らしい変化がある。つまり、足るを知るという経済は、マクロでは拡大しないが、ミクロではダイナミックなことが起き、発展していく。
加藤:
経済再建をするなら温暖化対策も組み込んだ経済の改革が必要なはずです。
稲盛:
その通りです。環境を改善するための産業は経済を活性化し、ダイナミックにするためにも重要です。環境を守るということは、経済を委縮させることと同義語ではない。環境問題を解決するための一大産業群が経済のパイを大きくしていく。ぜひ、そうしていくべきです。公共投資も新しい、21世紀に向けた方向に転換していくべきです。エネルギー問題でも、省エネルギーを学校教育や社会教育などを通じて、もっともっと啓もうしていく必要があり、それに公共投資としてお金を投じていい。ところが、そういうことに無意識にブレーキをかけているのは、大量生産、大量消費という使い捨ての社会が経済のパイを大きくするという信仰です。

○樋口廣太郎氏(アサヒビール名誉会長)(1999年8月23日付)

加藤:
樋口さんは昨年夏に設置された経済戦略会議の議長として、日本経済再生のシナリオ作りに当たられました。2月には答申が出されましたが、一つ残念なことがある。(温暖化対策のためには)、経済の構造や税制などを変えていかなければならない。ところが、答申ではあまり触れられていない。
樋口:
経済戦略会議は日本経済の再生のためにいかなる構造改革が必要かという視点から議論を行い、答申をまとめました。環境問題はテーマとして当初より上がっていたが、その問題だけに多くの時間を割くことはできなかった。
加藤:
(環境対策には)税制上きちんと面倒をみますよというシグナルがあればいいのでは。
樋口:
同感です。環境税制では日本は世界でも一番進んでいると言われるようにならなければならない。
加藤:
樋口さんは危機こそ発展のチャンスといわれています。また、21世紀のリーディング産業は環境ともいっています。
樋口:
環境問題は企業にとってコストではなく、ビジネス・チャンスであり、産業としても付加価値が高い。世界中にニーズがあるからそれに挑戦していく。21世紀の半ばには環境ビジネスがリーディング産業のひとつになっているはずです。
加藤:
アサヒビールの工場でのゴミゼロ運動は社会的にも評価されていますが、どうしてゼロだったのですか。
樋口:
生産はもともとゼロからスタートしているのだから最後もゼロにするのが当たり前で、割合とやりやすい仕事だった。ヒントはフランスの産業界だったのですが、設計の段階からゼロにするということで、発想していけばいい。分別したものを入れる箱の数をどんどん増やしていったわけです。いまは50いくつかです。企業の社会的責任とかいうと堅苦しくなりますが、21世紀に生きていく上で、当たり前のことと考えるべきです。そうでなければ生きていけないでしょう。

○大野剛義氏(前さくら総合研究所社長)(1999年9月27日付)

加藤:
大野さんは「『所有』から『利用』へ」という刺激的な著作を出されました。どのような考え方に基づいているのですか。
大野:
「所有」は長期的、継続的、固定的関係や状態を指す言葉として使っています。安定的で、抱え込みや囲い込みによる完結性や閉鎖性が特徴です。これはインフレの時代に通用したキーワードです。それに対して、「利用」は柔軟で流動的な関係、状態のことです。スピードと開放性が特色です。デフレの時代のキーワードは「利用」です。「所有」から「利用」への転換を軸に、社会、経済の改革が行われなかった1990年代という「失われた10年」からの真の再生を展望してみようというのが意図です。
加藤:
日本ではここ数年、自己責任を強調する意見も強いが、一方で、相変わらず、「官」に支援を求める。また、問題が先送りされる例も多い。
大野:
金融や環境、福祉、年金、医療は問題先送りの典型ですね。こうしたことが、全体の先行き不安症候群を呼び起こしているのです。しかし、よくみると、ここ2、3年ずいぶん変わってきています。加藤さんが主張しておられる「循環社会」はまさしく「利用」の社会です。「利用」ということになれば、無駄が排除され、見込み生産から限りなく受注生産に近づくはずです。そうなれば、産業廃棄物なども少なくなり、環境にも好影響を及ぼすのではないでしょうか。
加藤:
土地の場合、利用よりも所有に走ったのですが、所有していれば何をしてもいいというのは、ごう慢だという気がします。
大野:
土地の所有権を認めて、自由勝手に自分の土地として使うことで、環境が荒らされ、関係者すべてが不幸になっている。土地は所有権よりも利用権の方に価値があるのではないですか。(中略)地価は下がってきましたが、国際比較すれば、東京の住宅価格が異常に高いことは明白です。同様のことはオフィスビルにも言える。大都市の住民は高いローンの支払いに四苦八苦し、遠くて狭いマイホームから満員電車に1時間以上も揺られて通勤し、狭いオフィスで勤務する。土地問題はまさに、大都市問題でもあるわけです。日本の大都市が安くて広い住宅とオフィス、美しい都市景観と住環境を提供できるようにするには、都市部への投資が不可欠です。そして、都市問題解決のためには「所有」に固執する土地本位制の考え方を捨てなければいけません。

○藤村宏幸氏(荏原製作所会長)(1999年12月20日付)

加藤:
21世紀は環境の世紀といわれ、環境ビジネスにはリーディング産業としての期待が持たれていますが、現状はどうですか。
藤村:
まだ生みの苦しみというところだと思います。具体的なビジネスではまず、従来の延長上で遅れているところをやっていかなければなりません。土壌改質や下水処理、さらにはPCB(ポリ塩化ビフェニール)処理などまだまだあります。従来の負の遺産を次世代に送らないという基盤整備の仕事です。
加藤:
技術の芽は。
藤村:
燃料電池自動車や太陽電池自動車、省資源型の鉄鋼やセメント生産など、たくさん出ています。研究開発をしていない企業はないと思います。ただ、新しい技術は実証の場を与えられて、積み上げていくことが必要ですが、そうした場の創出は十分ではありません。こうしたシステムを本当に作り出せるかどうかが課題です。
加藤:
日本の環境技術は基幹産業として伸びていけますか。
藤村:
米国のコンサルタント会社が行った評価では、日本の技術は少なくとも現段階では、世界の最先端にあります。それに対して、技術を社会に適用していくことではドイツ、企業化では米国が世界一ということです。日本には、あんまりぜいたくするのは良くないといった文化的背景があります。また、われわれの世代では、廃棄されたものも有価物として使うことを子供のころに知っています。そう考えると、日本には環境ビジネスを支える技術も文化もあります。このところ、米国発のグローバルスタンダード(国際標準)が世界を支配していますが、環境分野では日本発の国際標準があるのかもしれません。
加藤:
ドイツは環境先進国といわれていますが、日本もそれほどそん色ない。
藤村:
環境技術はならしてみてもあまり意味はありません。米国はバイオテクノロジーでは進んでいるといいますが、環境関連のバイオではそうでもないし、日本はごみなどの固形物を扱う技術では進んでいます。

(次号に続く)