2005年7月号会報 巻頭言「風」より

ヨーロッパの底力

藤村 コノヱ


5月末から6月初めにかけ、スウェーデンとベルギーを訪問しました。目的は、スウェーデンの企業がどのような環境教育を行い、それを環境経営に活かしているかを見聞きすること、加えて温暖化対策の最前線を知ることです。両国とも初夏とは思えない寒さでしたが、調査そのものは実り多いものでした。そこで今回は企業編のエッセンスを報告します。

1.本気で、戦略的な企業の環境対策

(1) Kemibolaget i Brommaは従業員30名程度のファミリー企業ですが、スウェーデンで一番有名で売れている洗剤メーカーです。1970年代初代社長である父親が「汚れが落ち、環境によく、安い」洗剤の必要性にいち早く気付き開発を進めたそうですが、この「先見性」「ニーズの把握」「環境」「経済性」の全てをバランスよく活かしたところに成功の秘訣があったようです。グローバルな洗剤メーカーは世界中どこでも使える洗剤を作っていますが、水質は地域により異なるため、どこでも“よく落ちる洗剤”など本来ないはず。そこでこの会社ではスウェーデンの水の成分に注目し、余分な成分を排除し、洗剤に不可欠な界面活性剤にお金をかけそこに環境負荷の少ない良質の原材料を使ったそうです。そしてそのことがTVで取り上げられ広告費を使わずして一躍有名になったそうです。勿論その後大手の追い上げがあったそうですが、常に先を見る姿勢で開発に多くの費用を投入してきたとのこと。二代目も「グローバル化は狙わず、地域は限定。その中で最高の、新世代の洗剤を作る」と意気盛んでした。トップの先見性のもと、地域特性に着目し、洗剤の命である界面活性剤に環境配慮の視点と開発コストをかけ、グローバル企業を負かす企業に成長していることは、まさに「環境力」の勝利で、思わず拍手したくなる気分でした。

(2)スカンジックホテルはスカンジナビア地域では環境配慮型ホテルとして有名なホテル。実は1992年までは倒産寸前だったのですが、新社長が環境こそがこのホテルの企業価値になると考え、環境をコンセプトに勝負に出たそうです。そして全従業員が環境意識を共有することが大切との考えから、まずトップ層、ジェネラルマネジャーや支配人、料理長など核となる人たちに環境教育を行い、次いで全従業員にそれを広め、その後グループ全体あるいは現場のホテルごとに環境対策を作っているそうです。「環境に取り組み始めたのは価値をあげるため。価値は競争相手よりも先行することが重要。製品や値段やマーケティングはコピーされやすいが、コンセプトや企業の後ろにある価値はコピーされにくいし、顧客と価値観をシェアすることが可能になる。それがホテルの信頼につながる。」と環境・持続性担当部長が誇らしげに語ってくれ、また環境担当ではない若い女性従業員がホテルの厨房まで案内しつつ自分たちの環境対策について自信を持って話してくれたことは印象的でした。実際にこのホテルに宿泊しましたが、緑に囲まれた立地、木材をふんだんに使った清潔な室内、適度なサービス、従業員のマナーなど、豪華なつくりや過剰なサービスがなくても豊かな気分で滞在でき、環境への取組の本気度が伝わってきました。

(3)SJはエーテボリからストックホルムまでの遠距離列車を走らせる旅客鉄道会社。これまでも環境対策は取ってきたそうですが、本格的に経済、品質と同等に環境が企業方針に導入されたのは一年前トップの意識が変わってからだそうです。SJは列車を走らせる電力は100%再生可能エネルギー(水力、風力)を外から買って利用していますが、面白いのがPRの方法。例えば、昨年は新聞全面広告で「SJの列車の石油消費量は飛行機の15000分の1」というキャンペーンをしたそうです。日本でも新幹線で似たような情報を流していますが、その後が違います。SJでは常連客に一年に3回、どれだけCO2を減らしたかの情報を送っているそうで、その計算システムは誰でも使えるようHPで公開しています。さらに、SJのセールスマンが企業に直接出かけ、“列車を利用してCO2削減!”という新しい出張ポリシーを提案しており、頻繁に列車を使用した場合、料金が5~10%割引になる他、カフェの利用券や予約がしやすいなどの特典つきです。ここの環境教育は、一年に一回キーパーソン(全従業員の15%程度で3100名程度)に対して1日行っている他、イントラネットや社員向けの新聞などで環境情報は皆に流し、新聞は各社員の家に送っているそうです。

(4)JMはスウェーデン全体の建設業界で№3、住宅部門では№1の建築会社です。エネルギーと資源の40%を使用し、廃棄物の40%を出していることから、スウェーデンでは建築業界は「40%業界」といわれ、そのこともあってJMは自らの社会的責任として環境に取り組んでいますが、きっかけは、1991年当時の社長が、品質だけではだめだということに気付き、ナチュラルステップ(後述)にコンタクトしたことです。まずトップ層がセミナーを受け環境の重要性に気付き、その後全従業員に環境教育を行うことで、皆のモチベーションをあげていったそうです。JMはここ数年ずっと業績を上げていますが、そのポイントは意識の共有化と併せて、スウェーデンの水と緑を大切にした魅力的な場所の確保にあるようです。「誰もが住みたいと思う場所に、誰もが健康で安心して住める家を建てる。ただし、常に技術的に可能か、経済的に可能か、を考え、経済的に難しいことはしない。しかし、例えばプロジェクトの場合、コストが非常に高くても、それによって企業のブランドイメージ、価値があがるとトップ層が判断すれば、お金をかける。」そうです。地域の自然資源を活用し、企業経営にとって当たり前のことを無理なく実践して、業績アップしているわけです。

2.そのベースに環境教育

今回訪問した企業は、いずれも本気で「環境」を企業戦略に組み込み、業績を上げていますが、そこには幾つかの共通項が見えてきます。一点目はトップがその感性や先見性で、「環境」に取り組むことの価値や重要性を見出し本気で取り組んでいる点です。オーナー社長の洗剤メーカーも、倒産寸前だったスカンジックホテルも、そして国が100%出資し役員は政治家や官僚というSJさえも、まずはトップが「環境」の重要性に気付き、企業価値としていち早く取り入れています。二点目は環境に取り組むことの意義を、環境教育を通じて全従業員が共有している点、そして三点目はトップと従業員の意識の共有化により環境と経営が統合されている点(環境経営)、加えて地域の環境資源を活用している点です。

日本でも環境を標榜する企業が増え、様々な環境対策が採られていますが、トップが本気で環境に取り組んでいる企業はまだわずかです。また多くの場合、一部の環境担当社員だけが熱心で、トップから全社員が「なぜ環境なのか」の意識を共有している企業も少ないように感じます。それに日本の企業は多額の費用をかけて1SO14000をとりますが、従業員の環境教育は不十分で環境意識の深化には至っていません。そのため、環境と経営は統合されることなく、折角の1SOも取ったけれど・・・の「もったいない現象」があちこちで見られます。要はトップが、そして全社員が環境に取り組むことの意義を認識して初めて業績にも現れるわけで、社会貢献の一つとして、あるいは「他がやっているから」という曖昧な考えで「環境」に取り組んでいる限り、環境と経営は統合できないし、持続可能な経営など無理ではないかという気がします。ちなみに、ヒアリングした企業4社のうち3社は「ISO14000はとっていない。とろうと思えばいつでも取れるが、それに費やす労力が無駄。それに顧客や社会のニーズもない」とのことで、「名より実」を取る姿勢が印象的でした。

では、トップに気付きの場を与え、全従業員の意識の共有化に何が有効かといえば、やはり広い意味での環境教育です。例えば、トップにはステークホルダーミーティングなどを通じて、社会がその企業をどう評価し何を期待しているかを知ってもらう、あるいは、従業員には集合教育やeラーニングなどで知識と意識の共有化を図るなど、ケースに応じて手法を使いわけ、継続的な意識啓発を行うことです。厳しい経済状況の中で、一番大切な“人材育成”が疎かにされがちですが、そこにどれくらい力を入れているか、それこそが企業の持続性を計る最良の目安ではないでしょうか。

スウェーデンでも、トップの気づきや従業員の環境教育に、スウェーデンの多くの企業に環境教育と環境経営の支援をしている(財)ナチュラルステップ(以下NS)が大きな役割を果たしていました。NSは、活動目的やアプローチ方法など、私たち環境文明21と共通する部分が多々ある団体ですが、持続可能な社会の原則を4つのシステム条件として整理するなど、スウェーデン人の「白黒はっきりつける」気質と、国土の半分を覆う森林と9万以上の湖に囲まれて育った自然観にマッチした手法を駆使して、企業の環境経営のベース作りに貢献しています。ただ環境意識が浸透した昨今は、その活動が若干行き詰まっているそうですが、それでもこうした研修が、スウェーデンの企業を変えるきっかけになったことはすばらしいことです。

私たち環境文明21もこれまでの企業研修にさらに磨きをかけ、「トップの気付き」「全従業員の意識の共有化」をキーワードに、本気で環境に取り組む企業を増やしていきたい、そんな新たな思いで調査の前半を終了しました。