2013年4月号会報 巻頭言「風」より

羅針盤であり続けたい

藤村 コノヱ


先月号で、環境NPOエンパワーメントプロジェクトについて紹介しましたが、現在その一環として、他の環境NPOや企業、大学関係者などにヒアリングを行っています。ある企業を訪ねた際、「環境NPOが元気になる為の方策は?」と尋ねたところ、「予防原則が日本の文化として受け入れられるなら、環境NPOは伸びるだろう」という話を伺いました。

予防原則とは、その言葉自体は1970年代からドイツで使われ始めたそうですが、1990年頃から欧米を中心に導入された概念です。1992年の地球サミットの際に、リオ宣言第15原則として、「環境を保護するため、予防的方策は、各国により、その能力に応じて広く適用されなければならない。深刻な、あるいは不可逆的な被害の恐れがある場合には、完全な科学的確実性の欠如が、環境悪化を防止するための費用対効果の大きい対策を延期する理由として使われてはならない」とされたことから、日本でも知られるようになりました。化学物質問題、遺伝子組み換え、温暖化問題などで適応される概念です。そして、環境文明21始め多くの環境NPOは、(それが予防原則に基づいてという認識の有無は別として)、将来世代の声なき声を代弁し、将来世代にツケを残さないために、将来を見通し、今のうちから環境に配慮した様々な予防的行動を進めようと活動しているわけです。

一方、予防原則の考え方や環境NPOの行動に対して反論もあります。例えば、時代は刻々と変わっておりその時代その時代に対応すればいいではないか、今回の災害のように突発的なことがいつ起きるかわからず先の事を考えても仕方ない、理想はそうかもしれないが今が大変な時にどうなるか分からない将来のことなど考える余裕はない、行き過ぎた予防原則(「強い予防原則」)はかえって人々の生活に有害である、検証できないことは学問ではない、というようなものです。実際、今回のように政権が代われば、原発ゼロ政策も温室効果ガス25%削減目標もあっという間に変わるわけですし、放射能汚染を過度に危惧したために子供のストレスが増したり家族離散という悲劇が起きているという現実もあり、そういう考え方も納得できないわけではありません。

しかし、少なくとも温暖化については異常気象が世界中で多発している現実があり、決して将来のことではないと思われます。また化学物質の多用や種を越えた遺伝子レベルでの組み換えが、自然の理から外れた行為である以上、程度の問題はあるにせよ、それが将来的に自然界や人類に対して何の影響も及ぼさないとは到底考えられません。

「備えあれば憂いなし」という諺があるように、決して日本で予防原則が受け入れられないとは考えられませんが、前出の企業の方のご指摘のように、経済成長に心を奪われ短期的視点でしか物事を捉えられなくなっている現在の日本人には、「先を見通して対策をとる」という予防原則は、受け入れ難くなっているのかもしれません。また、頂上を見定め臨機応変に対応しながら登山する人もいれば、頂上は見ずに人の後をついて登山する人もいるように、個々の考え方も様々です。それでも、誰かがこの原則に沿って、警鐘を鳴らし続け、「安心・安全で心豊かに暮らせる持続可能な社会」へと進むべき方向性を示し続ける羅針盤役を買って出る必要があるのではないでしょうか。そうでなければ、将来世代への責任は果たせなくなってしまいます。

では誰が、その役割を果たすのか?

本来、政治家やそれをサポートする官僚には、100年先を見通す責務があるはずです。しかし、昨今の政治家から日本の将来像が明確に示されたことは殆どありません。それ故に今回の大災害の後も、方向性が見えず右往左往する状態が続いているように思えます。また科学者・研究者には、開発されようとする科学技術が、将来的に人間・社会そして環境に及ぼす正と負の影響を可能な限り予測し、社会でそれを採用するか否かの判断材料を準備しておく責務があると思います。しかし、これに関しても、原発事故を見る限り、全く不十分だったようです。

そうした中で、利害関係にとらわれることなく、自由な立場で、正しい科学と歴史・風土(により培われた知恵)に基づき、倫理観と使命感を持って、将来世代の声を代弁していくことは、環境NPOの一つの重要な役割だと思っています。

一方、ヒアリングを行う中で、環境文明21同様永年活発に活動しているNPOのリーダーからは、「楽しみ系のNPOは増えたけれど、社会を変えるという志あるNGOは増えていない」という意見や、「NPO法ができたために、NPOになる必要のないボランティア的なところまでNPOになり、それが優良なNPOの発展を遅らせている」という意見がありました。実際、当初は社会を変えるという志を持って設立したものの、支援も少なく組織運営が困難になったために、行政の下請けになってしまうケースもよく聞きます。また企業も植林・自然再生等のNPOにはCSRの一環として支援してくれますが、政策提言のようなハードな活動には支援が少ないのが事実です。さらに行政はどうしても公平・平等を重視するために、本来支援が必要なNPOに支援が回らないということもあります。そうした状況を考えると、環境NPOといってもタイプ・目的等により幾つかの区分が必要であり、エンパワーメントの方策もそれぞれに異なるように思われます。(いずれにしても、この「環境NPOエンパワーメント方策検討」プロジェクトは、来年9月まで実施期間ですので、折に触れ、報告して行きます。)

以前に、関西グループの許斐喜久子さんが、「環境文明21はいつも正しい方向を示してくれている。だから今回の大災害の時も、迷わず、こちらの方向(持続可能な環境文明社会)に進めばいいんだと安心していられた。」と言って下さったことがあります。嬉しい限りです。上記のように環境NPOを取り巻く状況も厳しく、また環境文明21自体、不十分な点もたくさんありますが、これまで積み上げてきたことに誇りと自信を持ち、当初の志を忘れず、羅針盤の役割を果たす環境NPOであり続けたいと思っています。

そのためにも、20年目を迎えた今年は、初心に立ち返って会の使命を再確認しながら、ややマンネリ化した組織を改革し新たな取組も加えて、再出発したいと考えています。

そこで、現在進行形の様々な取組の一部を紹介します。

①認定NPO

先月号でもお知らせしたように、一昨年より事務局で申請作業を進め、皆様にも寄附のお願いをしてきた認定NPOについて、3月6日付で認可されました。これにより、例えば会員の皆様が当会に3,000円以上の寄付をして下さった場合や、賛助会員の皆様の会費は税控除が認められます。(詳細は別途お知らせしますが、正会員の場合も寄附扱いされる場合と、そうでない場合があります。)

②組織の変更

NPO法もない設立当時(20年前)は、NPOは任意団体としてしか認められず、銀行口座も個人名でしか開設できない、役所などの仕事も受託できない等の不便さがあったため、環境文明研究所と環境文明21(当時は21世紀の環境と文明を考える会)を併設していました。しかし、認定NPOになったことを契機に、4月より二つの組織は完全に分離する事にしました。といっても、環境文明21の活動はこれまでと何も変わりません。

③インターネット情報の充実

インターネットの活用方法を見直しました。1月より希望する方に毎週メールマガジンを送信する他、電子化した会報が欲しい方には、いつもの紙の会報の他に、データを送るようにしました。勿論、これまで通り紙の会報が欲しいという方には、これからもお送りします。

④環境文明図書館の整備

20年間に行ってきた様々な調査研究活動の成果を、会員の皆様にも広くご覧いただけるように、順次『環境文明図書館』として整備しています。環境文明社会、日本の持続性の智恵といった最近の研究成果だけでなく、グリーン経済のあり方に関する研究、グリーン経済を可能にする働き方の提案、環境教育の枠組み・プログラムの開発、バイオマス研究など、多岐にわたる研究成果は100近くになります。随時公開いたしますので、是非ご活用ください。

⑤サポーターの募集

会員の増強は、活動を維持し発言力を強めるためにも大切なことです。しかし、環境文明21の活動は、本質的で根本的な課題に取り組むことが多く、活動内容や成果が見えにくいこともあって、一般の方に理解して頂くことが難しいと言われてきました。そこで、会員とは別に、特定のプロジェクトへの応援、どんなことをやっている団体なのか少しのぞいてみよう、というような方にサポーターになって頂く仕組みを導入します。その方法については、別途チラシやHPなどでお知らせしますので、是非お近くの方にお声掛けください。なお、サポーターになって頂いた場合、3か月間会報をお送りします。

⑥会報に「みんなのページ」を作りました

短文、写真、身近な話題など是非お寄せ下さい。