2013年11月号会報 巻頭言「風」より

日本の持続性の知恵を世界へ!!

藤村 コノヱ


気候変動に関する政府間パネル(IPCC)の第5次報告が出ました。予想通りの厳しい内容です。この分野で仕事を始めた頃、元日本学術会議会長の近藤次郎氏の講演会で、「氷河期と現在の地球の平均気温の違いは5度」と聞いて衝撃を受けたことがありますが、それと今回の報告、そして昨今の国内外の異常気象を照らし合わせると、20年後の日本はどうなっているだろうか、100年後の日本社会、世界は存在しうるだろうか、という思いまで湧いてきます。

そうした厳しい科学からの警告にもかかわらず、国内の温暖化対策はずっと足踏み状態が続いています。政権発足と同時に、安倍総理は原発政策ばかりでなく、2020年25%削減の目標もゼロベースで見直すことを指示、中央環境審議会のメンバーから環境派を意図的に排除するなど、環境問題、なかんずく温暖化問題にはほとんど関心を示していません。当然のこととして政府の温暖化対策もほとんど進展せずといった状況です。一方、会報5,6月号で述べたように、二期目就任後、温暖化問題に積極的な姿勢を見せていたオバマ大統領も国内の政治の混乱が影響してかトーンダウン気味で、米国が温暖化対策をリードするのではという予測も危ぶまれる状況です。

このように、世界中の科学者からの真摯な警告を受け止めるべき政治が、機能していない状況が世界中で続けば、温暖化の危機はますます現実味を帯びてしまいます。

そうした中で、私たちNPOも有効な一手が打てない状況ですが、来年3月下旬にIPCC第二作業部会の総会が横浜で開催されることから、それに向け連携して活動しようという動きも始まっています。そこで、環境文明21として発信したいことは、日本の伝統社会にあった持続性の知恵が、温暖化防止、温暖化した時代への適応に役立つということです。

ご記憶にもあるかと思いますが、当会では2006年1月から3年かけて、日本の伝統社会から持続性の知恵を探究し現在もその普及に努めています。

当時の報告書には、そのきっかけについて、「地球温暖化に伴う環境の異変が深刻化する一方、グローバル経済の進展と共に日本のみならず、世界中の国々が価値観のアイデンティティを求めて苦闘している中で、日本人の伝統的知恵が、世界の混迷状態を克服する有力な知恵の一つとなり得るとの確信が、私たちの間に深まったこと」と記しています。

そして今回改めて、世界に向け発信したいと思ったのは、世界の状況がその当時よりもっと持続不可能な状況に近づきつつあること、そして今回のIPCCの報告とほぼ同時期に本番を迎えた伊勢の式年遷宮がきっかけです。実は日本の持続性の知恵を求めて、伊勢にも出かけ、神宮関係者にインタビューをしたのですが、その時のメモを見ると、式年遷宮には持続性の知恵がギッシリ詰まっていることに改めて気づかされたからです。

例えば、御社の建て替えに使われる材木には、長野県、岐阜県、そして伊勢にある神宮林のものが使われるそうですが、伐採の後には必ず植樹し、切り株に添え木するそうです。これが200,300年のサイクルで行われてきたことで、この地域の美しい森林が守られてきたといえます。また、本殿の棟持柱は20年経つと宇治橋の内側の鳥居になり、外宮の棟持柱が宇治橋の外側の鳥居に。さらに20年後には桑名、関の鳥居になり、その後は御箸などで神社に払い下げるそうです。一つの木材もムダにしないリサイクルの知恵が営々と続いているわけです。また、神宮の125社を全て建て替え、宝物殿にある様々な道具(刀、鏡、衣装など)も全て取り替えられるのですが、そのことによって多くの日本の伝統工芸が守られ、そこに継続的な地域雇用が生まれています。さらに、一人の宮大工が、弟子を経て、本番で関わり、師匠として関わるには、20年の周期が必要ということで、この行事が職人の育成にも大きく貢献していることになります。

伊勢の例は特例中の特例かもしれませんが、こうした知恵は、かつての日本の至る所にあったはずです。それらの知恵を使わないのは本当にもったいないことだと思ったのです。

ただ、私たちが発信しようとしているのは、「昔はこうだった」ということではありません。こうした循環思想をはじめとする8つの知恵(モノより心、自然との共生、足るを知る、循環思想、調和、精神の自由、先人を大切にする暮らし、次世代を愛し育てる)が、現代のこんな場面にも生きている、その知恵が温暖化の危機、ひいては世界の持続性に役立つのではないかということです。

例えば、兵庫県豊岡市は、コウノトリの野生復帰を環境経済戦略の中心に据え、ブランド米、カバンなどの地場商品の普及や学校での環境教育を通して自然と共生した街づくりに成功しています。また山梨県のある中小企業では、ISO14000を徹底した経費削減に役立て、足るを知る経営で利益を上げています。川崎市のエコタウンは循環思想を具現した工業団地であり、日本の工場でよく見られる様々な製造ラインにも、からくりの知恵が活きています。世界に広がったロボコンも、毎年日本企業が優秀な成績をおさめている技能五輪にも、からくりを生み出した精神の自由、そして次世代を育てるといった持続性の知恵が生きていると言えます。

さらに、モノより心、お互いさまの調和の精神は、あの大震災のさなかでも、略奪騒ぎもなく、地域の人々があるものを分け合い助け合う姿にも見られます。そしてそれは、世界中の人から称賛された日本人の知恵であり、まさに危機の時代にも、人間が人間らしく生きる上で不可欠な知恵です。

これから先、これまで経験したことのない世界に生きていかなければならない以上、新たな知恵も必要かもしれません。それでも現代にもつながっている日本の持続性の知恵を集め発信することは、必ず世界の持続性に役立つと思っています。

そしてできれば、世界の人々とつながり、日本の持続性の知恵を世界の持続性の知恵へと進化させていければ、と願っています。なぜなら、私たちが示した持続性の8つの知恵に関して、日本に住む欧州、アジアの研究者から、「自分の国にも同じような知恵が昔はあった。しかし、今は忘れられている」という感想と、「日本の知恵ではなく、世界の知恵にしては」というアドバイスを頂いていますから。