2020年10月号会報 巻頭言「風」より

これで社会変革ができるのか

藤村 コノヱ


安倍総理の突然の退陣。次政権にわずかな期待をしたが、中途半端な党員投票と従来型の派閥主導の選挙戦、まさに「熟議なき政権」を地で行く方法であっさりと後任が決まった。

一方環境省は、気候危機の時代やコロナも見据え、今後の環境省のあるべき姿の明確化と未来への新たな挑戦による「社会変革のための環境省改革」を目的とし、1月に小泉環境大臣直属の「選択と集中」実行本部を設置、8月にそのとりまとめを発表した。政治全体、環境政策の停滞が言われる中で、未来創成型官庁として社会変革を進め機動的組織にすること自体はとてもいいことだと思うが、その内容には気になる点がいくつかある。

その中で最も気になるのは、私たちNGO/NPOを含む市民社会との連携については殆ど触れられず内向きの改革案に思える点だ。例えば、国民から与えられる資源は有限なため組織を挙げて人材育成に取り組むことや、職員の成長には役所外の様々なステークホルダーとの対話・議論、現場のリアルな感覚に触れることが重要としながら、そこで触れられているのは民間企業や業界団体との連携だけであり、生活の現場で活動し、特定の利害にとらわれず、様々な経験・専門性を持つNGO/NPOとの連携については殆ど触れられていない。 実際、就任以来度々メディアに登場し海外発信にも熱心な小泉大臣だが、その口から「市民社会」という言葉を聞いたことはない。またこれまで新大臣就任時に行われていたグリーン連合との意見交換も「若者グループと一緒なら」という条件付きでの合同面談のみ。さらに、グリーン連合と環境省との意見交換会の際、大久保規子大阪大学教授が、欧州では環境団体は経済・労働団体同様、環境政策の鍵を握るパートナーと位置付けられ、環境利益の代表者として、情報の収集・発信、政府との政策協議、政策の実施や評価、広報・アドボカシー活動など多様な活動を担うといった公益性により様々な公的助成がある旨紹介した折にも、環境省幹部からそれに呼応する意見は出なかった。その後行われた若手職員との対話ではNGO/NPOの活動を初めて知ったという職員も多かった。大臣も幹部も若手職員も、NGO/NPOの役割や連携の重要性に対する認識が希薄な中で作成された改革案にNGO/NPOが登場しなかったのも、残念だが、国の環境行政の実態である。

しかし、この姿勢は国際的な流れや国際法に逆らうものではないかと思う。地球サミット(1992年開催)で採択された「リオ宣言」を日本も承認しているが、その第10原則には、『環境問題は、それぞれのレベルで関心のあるすべての市民が参加することにより最も適切に扱われる。国内レベルでは、各個人が有害物質や地域社会における活動の情報を含め、公共機関が有している環境関連情報を適切に入手し、意思決定過程に参加する機会を有しなくてはならない。(後述略、会報9月号参照)』と書かれている。またSDGs目標16では参加原則の普遍化も求められている。

しかし、例えば、昨年行われたパリ協定長期成長戦略懇談会の議事録が黒塗りで非開示とされたり、政策決定過程へのNGO/NPOの参加は限定的かつ形式的で実質的な議論の場となっていないのが現状だ。以前にも書いたが私自身中環審の地球環境部会の臨時委員だが、いつも3分程度の意見表明の時間だけで、委員同士、環境省との議論などはほぼ皆無である。

その上、今回の改革案では、こうした審議会を可能な限りWeb会議とするとされており、議論の余地がますます狭められることが予想される。その程度の役割しか期待されていない“審議なき審議会”であるならば、いっそ審議会制度の廃止も考えていいのではないかと思うが、そうなると、リオ宣言第10原則やSDGsからも益々遠ざかることになる。

気候変動やエネルギー、化学物質やごみ問題などはすべて私たちの暮らしに密接な問題であり、その影響をもろに受けるのも私たち市民。だからこそ、前述の第10原則の冒頭に、市民参加の重要性が明記されている。にもかかわらず、今回の改革案にはその姿勢が見えず、一体、誰と共に、これからの気候危機の時代を乗り切ろうと考えているのか不思議である。


加藤顧問は今回の著書『危機の向こうの希望』で、現在の日本政治、特に環境・エネルギー分野は、市民の実質的参加を欠いた「片肺飛行」状態であり、リオ宣言やオーフス条約により確立された原則や国際的慣行に即しておらず、それが問題にすらなっていないと指摘した。その上で、現在の環境問題を解決し持続可能な社会を構築するには市民力、具体的にはNGO/NPOの力量を高める必要性を強調している。ちなみにEUでは、リオ宣言を条約化した「オーフス条約」を採択し2001年に発効したが、日本はいまだにこの条約に批准さえしていない。

10年ほど前、私は『我が国の環境政策形成過程への環境NPOの参加の有効性と制度化に関する研究』と題する学位論文を書いた。その中で「環境政策形成への環境NPOの参加は、地球温暖化など大きな社会変革を伴う課題に対し、組織としての専門性、特定利害にとらわれない独立性、発想の自由さなど環境NPOが持つ特性が解決と変革に有効。また政策の選択肢を広げ政策形成過程の透明性を高め、環境NPOの能力向上と市民社会構築を促す。さらに、市民の民主主義教育の場としても有効」と述べた。しかし、10年経っても日本の環境政策形成過程は当時のままである。これでは、縦割りの限界を超え、政官財の権力構造を背景とした閉鎖的な立法過程を改善し、多様で具体的で実効性のある環境政策の生成と実施を期待することは困難である。

未来創成型官庁への脱皮には、まずは官僚そして政党・政治家の内向き・閉鎖的な意識(由らしむべし知らしむべからず)を変え、他省庁とは異なる環境省の存在意義や使命を忘れず、NGO/NPOなど市民社会との連携こそがこれからの時代に不可欠かつ世界の潮流であることを自覚し実践してほしい。