2020年11月号会報 巻頭言「風」より

「グリーン社会づくり(環境立国)」しませんか

加藤 三郎


1.やっと吹き始めたグリーン化の風~菅政権のゼロ宣言の重み

2012年12月から約7年8ヶ月にわたって2回目の首相を務めた安倍晋三氏は、本年8月末に持病再発のため辞意を表明。その後、自民党内での総裁選挙を経て、9月16日に菅義偉政権が発足した。菅氏は安倍政権の政策を継承すると繰り返し言明していたが、10月26日の所信表明演説では、こと環境・エネルギー政策においては安倍路線とは大きく異なるグリーン政策を遂行することを明確に宣言した。

菅首相の「グリーン社会」に関わる演説を私なりに分解して再現すると、次のとおりである。

①成長戦略の柱に経済と環境の好循環を据え、「グリーン社会」の実現に最大限注力、②2050年までに温室効果ガス排出を全体としてゼロとし、脱炭素社会の実現を目指すと宣言、③温暖化への対応はもはや経済成長への制約ではなく、積極的に温暖化対策を行うことが産業構造や経済社会の変革をもたらし、大きな成長に繋がるという発想転換が必要、④その鍵は次世代型太陽電池、カーボンリサイクルなどの技術革新で、実用化のための研究開発を加速度的に促進。規制改革などの政策を総動員、グリーン投資の普及、脱炭素社会の実現に向けた国と地方で検討する場の創設など、総力で取り組む。⑤グリーン化を効率的・効果的に進めるため、環境関連分野のデジタル化を進め、世界のグリーン産業を牽引、⑥省エネの徹底、再生可能エネルギーの最大限導入とともに、安全最優先で原子力政策を進めることで安定的なエネルギー供給を確立、⑦長年続けてきた石炭火力発電政策を抜本的に転換。

ご覧の通り、安倍前政権の環境・エネルギー政策と比べると、殆ど革命的と言ってもよいような抜本的な変化だ。何故、短期間にこれほどの変化が生まれたのかの政治的背景を私は知らないが、最近の報道を見る限り、小泉進次郎環境大臣が大きな役割を果たしたのかなと推察している。

この変化は、日本はもとより、地球環境にとっても良いことだが、せめて5年前、つまりパリ協定が採択された直後にでも安倍首相が決断していれば、日本の産業も正しい方向に大きく踏み出せ、次世代や国際社会に対する現日本人の責務を一つ果たすことが出来たものを、と誠に残念である。

しかし、そんな繰り言を言っても始まらない。菅氏の政治的思惑はどうであれ、「2050年CO2等排出実質ゼロ」は、下図が示すとおり、本格的な社会変革を実行しなければ到底達成できない公約だ。

2.成せばなる

「50年にゼロ」がそんなに難しいのかと不審に思われる方もいるかと思うので、ごく簡単に説明すると、日本が温暖化対策を開始した1990年の温室効果ガスの総排出量は12.7億トン。それから今日まで約30年経ち、家庭も企業もそれなりに省エネに努め、太陽光パネルを屋根に乗せ、自動車などもハイブリッドカーにかなり乗り換えた。その上、人口の減少や中国、東南アジアへのビジネス転出など産業構造も相当に転換したにも関わらず、直近のデータ(2018年)は12億4000万トン。つまり28年間もあれこれ努力したつもりでも、豊かさ、便利さ、快適さを求める欲求が大きく、わずかに2.8%程度しか削減出来ていないのだ!

菅首相が胸を張って公約した2050年までは、今から30年の時間しかない。その間に実質ゼロ(排出量と森林などによる吸収量とを均衡させてゼロ)にすることは、技術革新など現状を強化した位では不可能だ、ということは右図を見ただけでもご理解いただけよう。 菅首相もそのことをご承知なのか、10月30日に「地球温暖化対策推進本部」会合において、小泉環境、梶山経産両大臣はもとより、全閣僚に対し、所管分野での温暖化対策の具体化を指示したようだ。また議会も超党派の議連からの提案で「気候非常事態宣言」を決議し、国会も同様の意思を示して脱炭素社会の実現を国民に訴えるという。

このように、遅きに失するとはいえ、政府も議会もやっと前向きに動き出したことは歓迎するが、問題は対策の中身だ。私自身は10月に刊行した『危機の向こうの希望―「環境立国」の過去、現在、そして未来』において、急ぎ取り組むべき政策課題としては、①憲法に「環境(持続性)原則」を導入、②経済のグリーン化、③技術のグリーン化、④信頼できる教育・情報、そして⑤「片肺政治」を改める、の5点を提案し、各々についてかなり詳しく説明している。いずれも大きな課題ではあるが、中央・地方の政府や議会だけでなく、企業、志ある個人や市民組織(NPO/NGO)、メディアなどの積極的で持続的な参加があれば、さしもの気候危機もある程度は抑え込めると考える。すべてのセクターが自分ごととして取り組めば「成せばなる」ことを気候危機についても証明したいものだ。

環境省2018 年度(平成 30 年度)の温室効果ガス 排出量(確報値)を元に事務局作成