1993年10月号会報 巻頭言「風」より

座して待つか、働きかけるか

加藤 三郎


私は、環境・公害問題に取り組みはじめて今年でちょうど30年になる。役所(厚生省公害課)に入ったころの日本は、高度経済成長の真っ只中であり、ほどなく都市化や工業化にともなう公害問題が全国的に噴出した。

この産業公害や都市公害に対処するにあたっては、「原因を除去または減少させる」ことを主眼に法律を整備し、規制基準値を定めて実施するといった直接規制による手法をとった。またその規制が技術的に可能になるよう、各種の装置を次々に開発し普及させた。その結果、日本は公害対策に成功し、この分野で世界の先進国になった。

これを図式的にいえば、経済・社会の体質を不問に付したまま、システムの末端に処理装置をつけて汚染を取り除くのに成功したことになる。

このような手法は、21世紀に向けての地球環境問題に通用するだろうか。とても通用しそうにない。温暖化にともなう気候変動、熱帯林などの生物資源の急速な減少、数か国にまたがる酸性雨などの問題を考えてみただけでも、一国内の規制を主体にする手法に限界があることは自明だ。

ましてその原因が、先進国のあくなき豊かさ追求や、途上国の生きんがための環境資源の食いつぶしにあるとすれば、それは20世紀文明の体質からにじみ出た“病気”のようなものであり、端末での対症療法だけではこの病気に対処しきれないであろう。

これからの環境問題に真正面から取り組み、子孫に豊かな環境を引き継ぐためには、どうしてもわれわれの文明そのものをあらためて検討した上で、21世紀に通用する経済、社会、文化、ライフスタイルのあり方を探り出し、かつ構築していかなくてはならない。

とはいうものの、私個人のライフスタイルを変えることを考えると、その難しさが身にしみる。文明は生活の血や肉になっており、その変更には大きな苦痛や困難がともなうであろう。しかし、地球環境の危機、ひいては人類社会の危機を座して待つわけにはいかない。

私がこの7月に役所(環境庁)をやめ、環境・文明研究所なるものを設立したのも、また多くの人の参加を求めてこういう問題を考えるための会をつくったのも、ひとえに21世紀に向けて環境と文明のよりよい関係を探求したいと思ったからである。

皆様のご支援のもと、全員でこの20世紀最後の難問に挑戦していきたいと心から念じている。