1996年12月号会報 巻頭言「風」より

第1回全国交流大会からのメッセージ

加藤 三郎


去る11月16日、本会としては初めての全国規模の交流大会を川崎市の御後援も得て開催した。全国に会員が800人・団体ほどいるのでかなりの参加を期待し、会場も少し大きめのところを用意していたが、結局90人ほどの参加であった。それでも、九州、四国、近畿、北陸、信越などから川崎までを遠しとせず参集して下さる熱心な方もおり、また、各々の分野の第一線でご活躍している方が多数おいで下さり、特に三つの分科会会場には充実した空気がみなぎり、数の不足を補うのに余りあった。

この大会の模様は本号と次号とで詳しく報告するが、私がこの会から得たメッセージは何であったであろうか。それは第一に、本会は「考える」会であるとともに「活動する」会であるべきこと、第二に、そのためには従来のような本部主導で活動するよりも、会員自らがより主体的になって地域で「支部」活動するなり、関心のあるテーマ毎に「部会」活動を展開していただく方向に動くべきこと、そして第三に、これらの動きを会報に生き生きと反映させ、会報が当初から期待した双方向性を強化すべきことの三点である。

これについて多少の説明を加えると、まず第一の点は、本会創立以来会員のなかから「考えてばかりいてどうする。行動しなくてよいのか」との指摘が繰り返しあった。それに対し私は、「ここ半世紀以上持ちつづけてきた価値観や制度を変えようと主張している以上、考えることは沢山ある。それは例えば、地球環境時代にふさわしい環境倫理の意義やその内容であったり、憲法に「環境」を導入する問題であったり、社会を持続性のあるものにするとの観点から新しい税制の体系を考えることである。これらの問題の重要性や緊急性を思っただけでも「考える」ことは沢山ある」と応えてきた。

ただ、「考える」といっても、部屋にこもって数人の人と議論していればそれでよしということにはならない。これらの努力を会員はもとよりできるだけ多くの人と共有し、最終的には政策提言とならなければ意味が薄れる。

その意味では、「考える」ことは同時に「活動する」ことでもなければならず、これは第二の点にもつながっていく。すなわち、会員のうち一部の人が「考え」ていればよいわけではなく、より多くの人が今まで以上に知恵を出していただく、それも各々の得意分野で。このような考えから「支部」や「部会」活動が発想されてきた。これまでも、高知を中心とした「四国支部」、魚津、入善をベースにした「富山支部」、それに茨城県の古河市をベースにした「古河支部」などその動きがあったが、これをもっと広め、さらに部会のテーマも例えば「女性」「憲法」「税制」「環境美術」「循環企業」などが会員主体に逐次形成され、動きだすことを期待している。

さらに、このような活動の財政的基盤や社会に対するインパクトを考えると、日本のなかに8百人ではいかにも数が足りず、一会員があと一人か二人会員を紹介ないしは仲間にして下さると本会の輪がさらに大きくなるとの意見も沢山出された。この点もよろしくご協力のほどお願いする。