2003年8月号会報 巻頭言「風」より

環境教育推進法が成立しました!

加藤 三郎・藤村 コノヱ


○これまでの経緯

国民の多くが株価の乱高下や、長崎、東京などで発生した少年少女を巻き込む痛ましい犯罪に関心を集中させていた7月18日、私たちが約2年にわたって立法化を主張し続けてきた環境教育推進法がついに成立しました。当会の環境教育部会が、日本の隅々まで環境教育をいきいきと進めるには、全国的な仕組みとなる法律がどうしても必要だという思いから勉強を始めて1年9ヶ月、法律に盛り込んでほしい骨子を提案してから一年2ヶ月、そして、当会だけでなく、環境教育・学習に関心のあるNGOや個人と幅広く手を携えて法律を作ってもらおうと、協議会を立ち上げ、緊急集会を開催してから丁度1年の時間が経過した後、立法化にこぎつけたものです。

この間、愛知和男元環境庁長官を会長に、当会の藤村コノヱ専務理事を事務局長に、約20人前後の協議会メンバーが会合を重ね、どうしたら私たちの願いが法律という形で実るのかを考え、国会議員に働きかけ、署名を呼びかけ、東京のみならず日光や大阪で国会議員も招いて集会を開き、与野党の国会議員のところにしばしば足を運ぶなどのロビー活動を展開してきました。これらの活動が実って、議員立法により法律ができたわけです。勿論、法律を作る過程でいくつもの省が深く関与しましたが、特に、環境省には大いに奮闘していただきました。

できあがった法律自体は、私たちが100パーセント満足し得るものにはなっていません。環境省が当初企図していた環境保全活動推進法案と私たちの環境教育・学習推進のための法案とを合体した形とならざるを得なかったため、木に竹をついだようなところもあります。しかし、私たちの知る限り、国の立場で環境教育の推進を図ることを目的とした個別法は、現在では日本だけであり、しかもNGOのイニシアチブでできたことは画期的なことと評価しています。

○法律のポイント

今回成立した環境教育推進法の具体的な中身はどのようになっているのでしょうか。この法律の直接の目的は、持続可能な社会を構築していく上で、国民、事業者、そして民間団体による自発的な環境保全活動と、その促進のための意欲の増進および環境教育が重要であるとの認識から、その基本理念を定め、各主体の責務を明らかにし、基本方針その他の必要な事項を定めることとなっています。この法律で環境教育とは、「環境の保全についての理解を深めるために行われる環境の保全に関する教育及び学習をいう」とされています。私たちとしては、環境教育の定義は単に環境保全にとどまらず、持続可能な社会を作るための教育ととらえる幅広い視点がほしいと主張し続けてきましたが、そのあたりはこの定義の読み方によると前向きに考えています。

次にこの法律は三つの基本理念を掲げていますが、ポイントを簡単に述べれば、「環境保全活動、環境保全の意欲の増進、そして環境教育は国民、民間団体等の自発的意思を尊重しつつ、多様な主体がそれぞれ適切な役割を果たす事となるようおこなわれるものとすること」「体験活動の重要性をふまえ、多様な主体の参加と協力を得るよう努めるとともに、透明性を確保しながら継続的におこなわれるものとすること」というものです。

またこの法律は、学校、地域、職場という三つの場面での環境教育の推進を規定しています。学校教育については、国、都道府県それに市町村は「国民が、その発達段階に応じ、あらゆる機会を通じて環境の保全についての理解と関心を深めることができるよう、学校教育及び社会教育における環境教育の推進に必要な施策を講ずるものとする」とあります。そのため国や自治体は「環境の保全に関する体験学習等の学校教育における環境教育の充実のための措置、環境教育に係る教育職員の資質の向上のための措置その他必要な措置を講ずるよう努めるもの」とされました。環境教育はやるところはやるが、やらないところは全くやらないというこれまでの状況から、全ての学校や地域で環境教育がなされるようになるわけです。

また、その際、「学校教育及び社会教育における環境教育の実施の際に、環境の保全に関する知識、経験等を有する人材が広く活用されることとなるよう、適切な配慮をするよう努める」となっており、例えばNGO関係者なども教育現場に晴れて参加できるよう道が開かれたことになります。

これに加えて注目すべきは、職場における環境教育が実施されることとなったことです。すなわち事業者などはその雇用者に対し、「環境の保全に関する知識及び技能を向上させるために必要な環境保全の意欲の増進又は環境教育を行うよう努めるもの」と明記されました。これまでは職場での環境教育は、やってもやらなくてもいい全くの職場任せのものだったのですが、これからは職場任せではなく、「行うようと努めるもの」となったわけです。「まず、大人が変わろう」という私たちの主張がここにも取り入れられました。

また、環境教育をきちっと実施するには、環境保全に関する知識をもち、指導できる人材が必要となりますが、そういう人材を育成したり認定する事業が主務大臣の登録を受けることができるようになりました。ただしこの点に関しては、官主導にならないよう、引き続きウォッチしていくことが特に大切な点です。

○法律作りの特色

ところで、この法律作りには、特徴的なことがいくつもありました。

第一に、私たちNGOの提案がきっかけとなり、イニシアチブをとってできた法律であるという点です。残念ながら、法律そのものを作ることは私たち市民・NGOにはできません。また国会に議論が移ったとたんに、私たちには手の届かない力関係が働き、蚊帳の外に追いやられたような気分になったことも否めません。しかし、私たちの思いをまとめ、議論を重ねて骨子案を作ること、それをもって議員に働きかけることは私たちにもできることです。また蚊帳の外からも、絶えずウォッチし提案やアピールを出し続けることもできます。勿論、その過程では「継続的に核になる組織や人(今回は当会がその役割を担ったわけです)」と「協力者(協議会メンバー)、支援者」がいて始めて成し得ることで、並大抵のことではありませんし、今回のように、環境省が私たちの提案に乗ったことも大きな要因です。また、成立までの活動期間が結果的に2年程度と比較的短かったことや、目的が法律を作るという一点にしぼられ明確であったためか、協議会の結束も固かったという要因もあります。加えて時代の流れで、市民、特にNG0の力が政策立案並びに実施には不可欠という考え方が、表面的かもしれませんが、国会議員や役所にも少しずつ根付いてきたことも幸いしたと思います。いずれにしても、今回の経験は、政策提言型NGOとしてのひとつの活動モデルになったと自負しています。

もう一つ特徴的なことは、メディアの無関心さです。個人的な投稿やいくつかの新聞が成立を取り上げていましたが、協議会成立後約1年の活動期間中に、私たちの活動を取り上げるメディアはほとんどありませんでした。昨今の青少年を取り巻く様々な悲惨な事件の根源が、私たち大人の価値観や社会経済の仕組みにあることは多くの評論家やメディアが報じています。しかし、その根底にある教育を見直すことを真の目的とした本法律に関しては、全くといっていいほどメディアは無関心でした。実際、衆参委員会での審議の際も記者席は無人でしたし、参議院本会議でも、前に審議された「保険業法の一部改正」についての審議が終了した途端、マスコミは一斉に退場し、本法の成立の際には誰一人として見かけなかったという事実が、それを如実に物語っています。経済、お金に絡む目先のことには強い関心を示すけれど、根本的な問題については関心を寄せない、現在のマスコミの姿勢、というより社会の姿がよくわかる場面でした。

○感想

「成立までに、早くて2~3年はかかるだろう」と思われていた法律が、本格的な活動を始めて1年余りで成立したことは「夢のよう」です。しかし、寄付や助成金は若干あったものの、仕事はさておき国会に日参した時期や、何もせずにただ外から批判だけする人たちの声を耳にした時、あるいは法案になった当初はかなり私たちの主張とかなりかけ離れたもので、これを受け入れるかどうか内部で喧々諤々の議論をした時などは、いつまでこの状況が続くのだろうと個人的には「しんどい」と思ったことも事実です。それでも活動が続けられ成立までこぎつけたのは、愛知会長をはじめ同じ志を持つ協議会メンバーの結束と、一人一人が自分のできる範囲で様々な力を出しあったこと、何かにつけ応援してくださった当会会員のご支援のお陰だと感謝しています。

とはいっても、法律ははじめの一歩であり、これからが本番です。私たちとしては、この法律が絵に描いた餅にならないよう、法律の中身を充実させ、真に持続可能な社会作りに役立つ環境教育・環境学習が日本全体に定着するよう、そして世界の範となるよう努力をするという、新たな責務を負ったと考えています。

協議会は一端解散しますが、この責任を果たすべく、、また当会の環境教育部会として活動を再開しますので、多くの方のご参加をお待ちしています。