2006年2月号会報 巻頭言「風」より

まだまだ手がある温暖化対策

加藤 三郎


去る1月20日、小泉首相は施政方針演説において京都議定書に触れ「我が国にとって京都議定書で約束したことは容易ではない。」と述べておられる。確かに排出の現状を見れば、目標から遠く、今の施策を続ける限り目標達成は困難というのが多くの専門家の意見であろう。しかし、それは「今のままの施策を続ける限り」と言う前提であり、もし対策を強化し戦略的に取り組めば、私はまだ達成可能だと考えている。

と言うのも日本の個々の企業が持つ省エネ技術やハイブリット車に代表される自動車の環境対策などの技術は世界の最先端にある。しかしながら、昨年の1月号や9月号本欄で述べたように、個々の企業が持っている技術を活かしきれない、ないしは、それを高める制度的な後押しが強力でないところに日本の問題がある。対照的なのが欧州だ。欧州は理念や目標を高く掲げ制度もうまいものを作るが、そこに至る技術やシステムが伴わない場合がないわけではない。そのため、英国、スウェーデンなど限られた国以外では京都議定書の目標達成がかなり難しい状況にあるが、日本の場合はその逆で、政策さえよければ、小泉首相の先きの認識を変えることは十分に可能だ。

環境対策の基本は今も昔も「規制と経済的手法」の賢明な組み合わせ

日本の高度経済成長期の猛烈な産業公害対策の最前線に身を投じて以来、私は40年にわたって公害環境対策に直接、間接的に携わってきた。そこから得た最大の教訓は、対策の基本は「規制と経済的手法の賢明な組み合わせ」と言うことだ。

トヨタ、ホンダに代表される日本の自動車の世界における躍進振りを見て頂きたい。真剣な経営努力があったことは間違いないが、その経営努力に大きな方向付けをしたのが、1970年代の自動車排ガス規制であった。当時自動車業界から激しく批判され、技術的には不可能と言われ続けていたが、当時の三木武夫環境庁長官の決意と政治力により、この規制ができるやいなや、日本の自動車業界は規制をクリアする方向に一斉に動き、瞬く間に可能にしてしまった。しかも単に公害対策車を作っただけでなく、直後の石油危機や今の高価格燃料下における日本車の優位性をもたらし、地球温暖化時代の車づくりに続いていることは明白である。また、当時は規制だけで公害対策を進めたのではなく、税制・財政上の経済的手法を活用し、企業の公害対策努力を強力に後押しした。これにより、猛烈な産業公害を短い時間で克服することができた過程を、私は現場で見てきている。その経験から、京都議定書の6%削減が不可能とは思えないし、何より、有効な規制手法や経済的手法は未だほとんど使われていない、いや使おうとしない、使わせないという混迷の中にあることが残念でならない。

その根本的な理由は本誌の昨年9月号でも述べたように、省益と業界益の強固な相互自縛にあると思われる。しかし、それだけではない。空も海も川も黒く汚れ、健康被害があちこちで発生していたあの公害時代には、なぜ対策が必要かなど説明の必要がなかったのに比べ、温暖化対策の必要性については、これまで10数年にわたる説明にもかかわらず日本の社会全体が説得されたとはいえない。むしろ、最近、温暖化の科学そのものを疑問視する声が手をかえ品をかえ出てきており、温暖化が人間の経済活動によって引き起こされたことにあからさまに疑問を呈し、否定せんばかりの意見すら大新聞に登場する有様だ。そのような中にあって強力な温暖化対策に踏み出しえない状況にあるのは残念だが、だからこそ、良識ある国民に理解と支援を求める活動にもっと力を入れるべきだろう。海外では、温暖化対策に少なくとも理念面でリードを取っている欧州はもとより、ブッシュ政権の反京都議定書の動きが熾烈な米国ですら、自治体や企業での温暖化対策には目を見張るものがある。

①アメリカ北東部7州における発電所からのCO2排出規制と排出量取引の組み合わせ
ニューヨーク州、メーン州、コネチカット州、ニューハンプシャー州、バーモント州などアメリカ北東部の7州は、地域温暖化ガス削減計画と呼ばれる共同プロジェクトを立ち上げ、去る12月末にまず7州で、発電所からのCO2排出量を2018年末までに現行レベルから10%削減することに合意した。これによると、2009年から準備段階に入り、かつその中でヨーロッパで開始された排出量取引制度に習った排出量取引市場を運営し、この7州に属する数百の発電所で排出量取引も併用してCO2の10%削減を達成する由。ブッシュ政権は京都議定書に背を向けていても、アメリカの自治体が未来を見て果敢に実質的な取り組みを開始した一つの例である。

②カリフォルニア州発の自動車排ガスに含まれるCO2排出規制
ブッシュ政権と同じ共和党政権下にありながらカリフォルニア州は自動車排ガス中のCO2を2016年までに30%カットする規制を本年より開始する。ニューヨーク、バーモンド、メーンの各州でも同様の規制をすることとなり、オレゴン、マサチューセッツ、コネチカット、ニュージャージーなど9州が同様の規制を導入するか、導入を検討するとのこと。この規制に対しては現在のところアメリカの自動車関連業界(日本の自動車メーカーも含む)などが強く反対し訴訟になっているが、規制そのものは2009年から16年にかけて順次強化していく予定。根拠になっているのは連邦の大気汚染防止法だが、この法律では従来は大気汚染物質と考えられていなかったCO2を規制できるかが争われている。しかし、上述①の排出規制とともに、移動発生源の最たる自動車からのCO2排出に規制をかけるという最も基本的な動きがアメリカで起こっている(日本では私の知る限り議論すらない)ことに、我々は謙虚に学ぶべきである。

③ヨーロッパ共同体(EU)発の航空機からのCO2排出対策
EUは域内の空港から離陸する航空機に対し、CO2の排出規制をかける方針を決定している。ただCO2の発生は、航空機のエンジンにとって現時点においては避けようがないため、当面はヨーロッパの排出量取引制度を使って航空会社に排出削減を促すこととしている。これに対してアメリカなどの海外の航空会社は反対する意向とのことだが、EUとしては2008年にもこれを実施する考えである。

④ドイツの自然(再生可能)エネルギー発電力の買取制度
ドイツなどヨーロッパに旅行する日本人の多くが驚くのが、風力やバイオマスエネルギーによって発電が進んでいることだ。日本は長年、経産省の外郭団体による助成が効いて太陽光発電は世界でも最も普及した国となっているが、風力とバイオマス、小水力などは事業者の意欲に関わらず制度的支援が殆どないため期待したほど進んでいない。ヨーロッパの多くの国では様々な努力をして再生可能な自然エネルギーを増やす努力をしているが、それはいずれも経済的手法を用いて推進しているのが特徴だ。その中で典型的なのがドイツの再生可能エネルギー法によるエネルギー源ごとの最低買い取り価格を定めたものだ。ドイツでは、電力総供給量のうち、再生可能エネルギーが占める率を2010年までに最低限12.5%、2020年までに20%に引き上げることを目的とした法律を作り、それにより買い取り価格を定めてきたが、2004年に同法はさらに強化改善され、ソーラーとバイオマスの買い取り価格を大幅に引き上げ、それによってこの事業を経済的に成り立つようにさせている。ドイツの場合、普通の発電による電力コストとの差を埋めるものとしては、電力使用者全員で負担する制度になっているのがミソである。

この他にもスウェーデンでは電力の大規模消費者に再生可能エネルギーの使用を義務付けている。日本で電力供給者に新エネルギーによる発電を義務付け(RPS法)たのとは逆に、使用者に義務付け、地域ごとにどの電源(バイオマス、風力発電、小水力など)からの電力が一番経済的かマーケットで競わせる(最初の段階では公的支援あり)制度を導入している。補助金や買い取り制度とは違った経済的手法である。

成せばなる日本

日本の温暖化対策は、規制も経済的手法もまだまだ不十分。とは言っても、規制に代わる方法として省エネ法によるトップランナー方式や、経済的手法として低環境負荷車を促進させる自動車グリーン税制などが日本にもあり、部分的な効果は上げてはいるが、腰の据わった温暖化対策になっていない。やはり環境対策の王道である、規制と賢明な経済的手法の組み合わせを主軸に据え、様々な対策を考えるべきだ。それは日本の企業が有する優れた技術を伸ばし、日本経済の質を高めるからだ。そのためには道路特定財源の一般財源化を利用して環境税を構成する、あるいは大気汚染防止法を使って固定発生源や移動発生源からのCO2規制も検討すべき時期に来ている。

日本の廃棄物対策は過去10年に及ぶ官民双方の真剣な取り組みにより大きな成果を挙げた。特に最終処分場にたどり着くゴミ量は顕著に減ってきたことを考えると、ゴミの発生主体と同じ経済主体でありながら、大気中へ出て行くゴミというべきCO2についてはそれに匹敵する対策が未だ取られていないし、対策を取るための国民的理解や、政治的意思が不十分であることに危機感を覚える。

アメリカの自治体やヨーロッパにできて、何故日本でできないのかを政党・政治家や行政当局者に問い続けていきたい。