2006年7月号会報 巻頭言「風」より

時間軸を修正しよう
-足元よりも長期的視野を-

加藤 三郎


私が役所にいたとき「環境庁の人は環境を守るために、どうしてがむしゃらに頑張らないのか。通産省など経済官庁の人は強引に経済性を主張して押し捲るのに」と、よくナジられたものだ。その度に私は「そんなことは無い。1970年代の自動車排ガス規制にしても、80年代のNOx総量規制にしても、産業界からの猛烈な反対の中、頑張って規制をし、それが結局は産業の発展に繋がっているではないか。また、大気汚染患者の補償制度にしても、大気が相当きれいになった段階で、行政の合理性や公平性を確保する為、どんなに世論や与党に嫌われても、制度の大幅な変更をしたではないか」とムキになって反論したものだ。

しかし、環境行政のパワーのなさを批判する人をも含め、国民の多くが狭い意味の「経済」に重きを置いている社会にあっては、このような反論も、言い訳ないしは負け惜しみとしか世間の人には捉えられなかったようである。

役所を離れて13年経った今でもその事情はあまり変わっていない。私が今親しくお付き合いをしている経済界のある要人は「環境省のあの環境税の扱い方はなんだ。今度こそ環境税が導入されるかと少しは期待していたのに腰砕けもいいところだ。クールビズなどと浮かれている場合ではあるまい!」と手厳しく、私にまで強く当ってくる。

確かに世間から見て、役所の「元気さ」を示すバロメーターには役所出身の政治家(首長を含む)や言論人の数や「実力」があろう。今のところ、旧通産省、大蔵省、自治省など経済官庁出身者が圧倒的である現実をみると、世間が「環境省はひ弱な役所だ」との印象を持ったとしても、仕方がないのかも知れない。

しかし私に言わせれば、このような現象は環境部門にいる人がひ弱だからではなく、国民の多くがあまりにも短期的な経済価値に重きを置いているということの反映に過ぎない。経済重視の価値観が政治家の選挙にも正直に反映され、そしてその結果として短期的な、狭い範囲の「経済」が世間では幅を利かせ、それがあたかもパワーであるかのように見えているに過ぎないのだと私は考えているからだ。

このような状況は単に役所、役人の力量の話だけでなく、メディア、言論界、その他を含め、日本の社会全体に及んでいるようだ。例えば、メディア業界でも幅を利かせているのは、政治、経済部門の記者で、環境や科学部などは、マイナー部門になっているとよく聞く。

私がかねてから国民の意識や政策課題選択の傾向を示すものとして注目しているものに読売新聞社の世論調査がある。これはほぼ同じ項目について長期にわたり定期的に国民の選択の傾向を浮彫りにしており、その中で環境対策がどう位置づけられているかを知るのに便利だからだ。例えば、3年前の2003年5月に実施された同社の世論調査では、景気対策や雇用対策、社会保障制度改革などを、国民が政治に優先的に取り組んで欲しい課題として真っ先に挙げているが、その中にあっても、国民は環境対策にも一定の理解を示し、8位に位置づけていた。ところが、環境問題は過去3年間でより深刻になってきたにも関わらず、今年の3月に実施された同調査によると環境対策は13位に後退している。ちなみにこの時国民が政治に優先的に取り組んでほしい課題として挙げた項目を順番に並べると①年金改革②景気対策③税制改革④少子化対策⑤雇用対策⑥治安・犯罪対策⑦北朝鮮問題⑧教育改革⑨財政健全化⑩外交政策⑪食品安全対策⑫公務員制度改革 そして環境対策がやっとその後に登場してくる。

実は、このような変化は突然起こったわけではなく、同世論調査を経年的に見ていると、環境対策の優先度は過去3年間ずるずると下がっていたのである。さらに驚くことには、この6月20日付の読売新聞に登場した「自民党総裁選挙で特に争点にすべきもの」に関する世論調査の結果を見ると、①年金・医療改革②景気雇用対策から始まって⑪教育改革まで挙げられているが、なんと環境対策という項目そのものがこの調査からは姿を消している。多分、同社としては過去継続した調査の結果、環境対策の優先度が下がっていたので、自民党総裁選挙で争点にすべき項目としては取り上げなかったということなのであろう。

このように今日の国民が選好する政策課題は、年金・医療改革、景気雇用、消費税問題など主として経済軸に重点を置いており、環境など長期的な視点のもとに取り組むべき課題に対しては非常に低いプライオリティを置いている。その意向は、各種選挙の結果や政策の実施に反映される。したがって環境政策の重要性を説く政策や言論人は次第に遠ざけられ、世間的パワーを持ち得ないのは当然であろう。国民の選択とは無関係に、環境の悪化そのものは時限爆弾の如く不気味に進んでいるにもかかわらず、である。

生存の基盤である環境の破壊に、真正面から取り組むのを拒否しているかの如く、いかに切実ではあれ、ごく足元の「経済」問題にしか関心を持ち得ないでいる国民とそれに支えられている政治は、まことに危険である。やはり、私達の時間軸を修正し、足元の問題だけでなく、もう少し、中長期的な課題に視線を向け、声もあげて、対策を取る努力を各方面に迫る。それこそが、良識ある国民の未来世代に対する責任であり、政治家・政党はもとより私たちNPOの最も重要な任務であろう。