2006年12月号会報 巻頭言「風」より

カリフォルニアの大胆な挑戦に学ぶ

加藤 三郎


40年ほど前、私が若い頃に、仰ぎ見て学んだモデルは、アメリカの環境政策であった。健康や生態系を守るために必要な環境の基準を定めて、それを達成するのに必要な規制基準をきちっと設定して対策を進めるというやり方、マスキー法と言われた先進的で厳しい自動車排ガス対策、野生生物保護や国立公園管理、環境アセスメント、情報公開など、どれをとっても、アメリカは日本の師匠であった。国際的な取り組みにおいても、環境政策では常にリーダー役を努め世界を引っ張っていた。特にオゾン層破壊防止のための条約や議定書作りでは、アメリカのリーダーぶりは私にはキラキラと輝いて見えた。

しかし、80年代の末、地球温暖化問題が浮上するとそれまでのアメリカの輝きは失われていった。そのリーダーシップはオゾン対策で終わり、01年にブッシュ政権が発足すると、米国の輝きは全く消滅し、逆に抵抗勢力と化してしまった。環境保護という長期的な利益が、経済という短期的な利益に打ち負かされてしまったからである。この頃から日本の多くの環境関係者の目はアメリカから、ヨーロッパに向かった。ドイツ、スウェーデン、デンマークといった北欧の環境政策が、輝いて見えるようになった。その中でも私はカリフォルニア州のサクラメント、ロスなどいくつかの自治体が地球温暖化に対して先進的な政策を取りつつあるのに、注目していたが、今年になってカリフォルニア州知事の動きが面白くなってきた。

11月に行われたアメリカの中間選挙の結果がもたらす政策変化については、様々に論評されている。私も、地球温暖化政策との絡みで関心をもっていたが、特に注目したのは、カリフォルニア州知事選挙の結果であった。ブッシュ大統領と同じ共和党系の知事ながら、最近、大胆な温暖化対策を矢継ぎ早に打ち出しているシュワルツェネッガー知事が州民からどういう審判を受けるのかが気になっていたからである。その大胆な政策とは、一つは主要な温室効果ガス発生源に対する排出規制、二つ目は、自動車メーカーに対する損害賠償の請求、そして三つ目がカリフォルニア産石油の生産に対し課税を目指す住民投票の提起である。

まず、第一の規制は、本年9月に発電所、製油所、セメント工場などの主要な温室効果ガス発生源に対し、2020年までにその排出量を90年レベルまでに引き戻すことを義務付ける州法を制定したことである。現状からは25%の削減となる強い規制であって、主要発生源の排出削減枠(キャップ)を2008年の年初までに設定し、11年から規制を実施しようとするものである。発生源企業が排出削減を実施するに当たっては、排出量取引などの市場メカニズムを活用できるよう、経済的にも最大限の配慮をすることとなっている。一方、規制当局に対しては、実施に先立って必ず、経済のみならず、環境や市民の健康への影響、企業間での公平性、電力の信頼性の確保、その他の環境諸法令との関係などについて、評価することを義務付けている。9月27日、知事は同法の署名式に臨み、「温暖化の科学は明白だ。温暖化しているかどうかの議論は終わった。今や行動する責任を我々は負う。」と述べた。なお、この署名式にはイギリスのブレア首相が衛星放送を通じてメッセージを寄せ、「カリフォルニアのこの試みは、世界中に反響し、世界の人々を鼓舞するリーダーシップを発揮した」と讃えたとのことである。

同じ9月、州の司法省は、GM、トヨタ、ホンダ、フォード、クライスラー、日産の6社に対し、損害賠償請求を連邦地裁に提訴した。提訴にあたって、同州のロッキャー司法長官の出したステートメントにおいては、自動車排出ガスは、地球温暖化をもたらす唯一最も急速に増加しているガスであるにもかかわらず、連邦政府と自動車メーカーは対策をとることを拒否していると述べている。説明によれば、6社製の車からのCO2がカリフォルニアの環境、経済、農業、そして州民の健康に損害を与えており、州政府はすでに被害の査定や予防のための計画作りなどで、数百万ドルを使っており、さらに、洪水防止、水資源対策、海岸侵食などを考えると全体で、数十億ドルの損害を州にもたらすと考えている。特に地球の温暖化が同州の貴重な水資源である氷雪を減少させ、海水面を上昇させ、山火事をもたらし、また都市部においては光化学の原因であるオゾンを増加させるなど大きな影響を与えており、州政府として税金を使って対応させられているので損害賠償の請求に至ったとのことである。これに対して自動車メーカーは、より清浄で、燃料効率の高い自動車を既に製造している、と反発しているとのこと。

三つ目が石油生産に対する課税提案である。これは今回の中間選挙の折に、州政府が住民投票にかけたもので、内容は、州内で石油を掘削する人に課税(1バーレル当たりの石油価格の1.5%~6%)して40億ドル(約4600億円)の資金を造成し、石油消費の25%削減、再生可能エネルギー、石油に替わる自動車、エネルギー効率の高い技術の研究と生産、そして教育と研修に当てることを目指したものである。この提案に対しては、石油業界からの猛烈な反対があった一方で、クリントン、ゴア元正副大統領のほか、ハリウッドの大物スターらが賛成に加わり、空前の大キャンペーン合戦(両陣営合計で1億ドル、約115億円を越す費用を投じた)となった由であるが、住民投票の結果、州の提案は否決された。

このように、カリフォルニアでは、今の日本では考えられないような地球温暖化への対応や訴訟が起こっているが、このような大論争の中で、今回、シュワルツェネッガー知事は再選された。

日本では、いまだに京都議定書の目標達成が難しいといった話ばかりが論じられて、適切な規制や税や排出量取引のような真に役立つ対策には踏み込んでいない。そのことを考えるとカリフォルニアの挑戦は注目に値する。日本が1960年代から約40年に及ぶ公害対策の歴史で学んだ教訓は、やはり賢明な規制と経済的手法を活用することが、結局、環境をよくするだけでなく、企業の技術の進歩を促し、競争力を高め、経済全体の力と質を底上げするという経験である。まさに、良薬は口に苦しである。ブッシュ政権を尻目にカリフォルニアなどいくつもの州や都市が行っている挑戦は、日本にとって他山の石とするに値すると私は考え、施策の展開を今後とも注目してゆきたい。