2007年2月号会報 巻頭言「風」より

日本の持続性の知恵をどう活かすか

藤村 コノヱ


一月のある日、環境省の温暖化対策を聞く機会がありました。会議では、担当者から国際会議の様子や国内対策の現状、予算等についての説明がありましたが、聞いているうちに、これでは京都議定書第一約束期間内の6%削減は到底無理だという思いと、これから先の危機的状況に日本はどう対応するのか全く道が見えないことへの苛立ちを禁じえませんでした。

環境省のスタッフが寝る間も惜しんで仕事をしている様子はわかります。しかし、既に1990年レベルより約8%増加し、それでも削減のための決定打が打ち出せないこの期に及んで、環境税断固反対を主張する団体にヒアリングしたり、規制や経済的手法の導入は困難だからせめて国民の意識啓発活動を盛り上げようというのは、あまりに手ぬるいと思うのです。数年前に他のNGOと共に自民党税制調査会の会場前で導入を働きかけた「環境税」もいつの間にかうやむやになっています。世界中で異常気象が日常化する昨今、更なる普及啓発も重要ですが、規制や経済的手法も含めありとあらゆる手段を講じない限り、まだ他人事のように考えている国民や自社の目先の利益に眼を奪われがちな企業を動かすことなど到底できません。環境省が恐れるべきは、こうした人たちの反対の声ではなく、これから先の予測さえできない異常気象と、それに伴う社会の混乱に対して的確な施策を打ち出しえたかという役所としての責任ではないでしょうか。勿論私たち市民にも責任はありますから、役所ばかりせめても仕方ないのですが、それでも「しっかりしてよ」といいたくなります。良識ある市民・NGOの声をもっと聞くべきです。

その数日後、IPCCの第四次報告の速報が報道されましたが、2100年までの気温上昇の最悪予想値は、これまでの予測の5.8度から6.3度となり、また、過去100年の気温上昇から、確実にしかも予想外のスピードで温暖化が進行していることが明らかになりました。待ったなしの状況であることが科学的にもさらに裏付けられたことになります。

ところで、当会でも温暖化については継続的に取り上げ、デモやロビー活動といった直接行動だけでなく、カリフォルニアなどの先進的取組みを会報で紹介したり、様々な提案活動もしています。ただ、最近当会が部会活動で取り上げているテーマは、「日本の持続性の知恵」「グリーン経済」「憲法に環境条項を」など、持続可能な社会の構築という長期的観点からのものが多く、直接的に温暖化防止に関係ないように思われがちです。しかし、私たちは直接の提案や行動だけでなく、常に、どのような精神性に基づき、どのような社会を築いていくかといった本質的・長期的な視点で活動することが当会の重要な使命と考えています。その意味で、現在力を入れている「日本の持続性の知恵」の探求も、必ず温暖化対策にも役立つと確信しています。すなわち、今後、温暖化の危機的状況を回避するために様々な環境技術や制度がつくられるでしょうが、その際の精神的支柱として、技術や制度の方向を誤らせず、また国際交渉の場でも、さらには企業の取引場面やCSRの観点からも、日本の対応が地に足のついた、持続的かつ的確なものとして説得力を増すことに役立つはずです。

その日本の持続性の知恵については、昨年12月号で一部を紹介しましたが、そもそもこのプロジェクトは、混迷を深める21世紀において、人間や社会の持続性を確保する知恵を、日本の歴史の中から浮き彫りにし、国内そして世界に発信しようというもので、三井物産環境基金の助成を受けた三年計画のプロジェクトです。一年目は、260年あまり続いた江戸時代を中心に、思想面と生活面の双方から、持続性の知恵を探求することに努め、そして、現時点では、次の8点を「日本の持続性の知恵」として挙げました。

どれも、言われれば当たり前のことばかりですが、明治維新、第二次世界大戦という二つの大きなターニングポイントで、日本人の多くがこうした知恵を忘れ、現在の混迷に陥っているのではないでしょうか。なぜそれを見失ってしまったのか、その理由の探求は二年目の今年に行う計画ですが、一年目の作業の中で私自身改めて感じたことは、「昔の日本人は偉かった」ということです。モノが少ないから繰り返し大切に使う、自然が豊かだからその自然を活かし沿って生きていく、モノが少ないから心の豊かさを追求する、限られた空間で争えば行き場を失うから皆と仲良く暮らす、先祖・先人がいたから今の自分がいる、子どもがいてこそ次の時代が来る、そんな当たり前のことを自覚し、社会のルールとして定着させ、無理のない方法で社会を持続させていたことはすごいことだと改めて思うのです。

翻って現代をみると、多くの点で逆の方法に進んでいるように感じます。確かに、情報化が進み経済もグローバル化した中で、江戸時代のように日本だけ孤立してやっていくことはできないでしょう。温暖化対策も然りです。しかし、日本の風土から生まれたこうした価値観や知恵を軽視し、外から持ち込まれた価値観に流され、便利さ・快適さのみの追求から生まれたシステム・方法だけでやっていくこと自体無理があります。そして無理は続かないのも自明の理です。

環境問題にこれといった関心を示さなかった安倍首相も、海外の首脳たちに刺激されてか、「環境立国戦略」を環境省に指示したそうです。IPCCの危機迫る今回のレポートで、これまで後向きだった産業界も、その存続を考えれば変わざるを得ない時期にきています。“Think Globaly,Act locally”とは、地球規模で考えながらも、日本の風土に根ざした精神性を基盤に、それに裏付けられた対策・行動を取ることです。ポーズだけの戦略は時間と費用の無駄です。

なお、日本の知恵プロジェクトに、今年度は会員の皆さんにも広く加わっていただき、議論を深める場を作っていく予定です。また、これまでの研究の概要版も近く作成する予定なので、是非ご活用ください。