2009年10月号会報 巻頭言「風」より

大転換するか温暖化対策

加藤 三郎


野心的な中期目標の設定

1年前の今頃、アメリカではオバマ氏が大統領の座に近づき「change」に沸き立っていたころ、日本は、自民党中心政権の下で、政治的な停滞状況が続いていた。なにしろこの政権は、近年、その時々の重要な政治的課題の解決どころか挑戦すらせず、先送りに終始していたからである。今回の選挙は、その政権に終止符を打ち、政治を取り巻く景色を一変させた。

その中でも温暖化政策は、前政権からの決定的な変化を示そうとする典型的な例だ。経済界から相変わらず後ろ向きの注文が出ていたにも拘わらず、鳩山由紀夫首相は、9月22日、国連の舞台にて「科学の警告を真剣に受け止め、世界の、そして未来の気候変動に結束して対処していきたい。」と述べた上で、注目された中期目標については「温暖化を止めるために科学が要請する水準に基づくものとして、1990年比で2020年までに25%削減を目指す。これは選挙時のマニフェストに掲げた政権公約であり、政治の意志として国内排出量取引制度や、再生可能エネルギーの固定価格買取制度の導入、地球温暖化対策税の検討をはじめとして、あらゆる政策を総動員して実現を目指していく」決意だと言明している。

さらに鳩山首相は「我が国が率先して削減目標を掲げ、革新的技術を生み出しつつ、その削減を実現していくことこそが、国際社会の中で求められている役割だと認識。国民も企業も政治も、産業革命以来続いてきた社会構造を転換し、持続可能な社会を作ることが、次の世代に対する責務」である旨語っている。

失われた20年を取り戻す

日本には技術がありながら、まともな政策と戦略がなかったために、温暖化対策が立ち後れてしまったと、私は繰り返し述べてきているが、過去20年ほどは文字通り「失われた20年」との思いを強くしていた。

私が温暖化問題に直接対峙したのは20年前の1989年。その年の7月、パリ郊外で地球環境問題をテーマに先進国首脳会議が開催され、環境庁の担当者として、首相一行に随行した。翌年7月には環境庁に地球環境部が新設され、その部長として、10月に政府の地球温暖化防止行動計画の取りまとめを担当した。その時以来、今日まで、日本ではIPCCが明らかにしてきた温暖化の科学とその警告に真剣に耳を傾け、率先して対策を取ろうとする勢力(環境派)と、科学の警告よりもむしろ経済の成長やエネルギー多消費産業を保護する勢力(エネルギー派)との間で、路線を巡る厳しい争いが続いてきた。

資金力と政治的なパワーに勝るエネルギー派が環境派を凌駕する状況は、鳩山政権の誕生まで、20年も続いた。その結果、日本の社会にある省エネ技術の順調な発展が抑制され、対策をすれば経済が落ち込む、失業が増えるといった議論が日本の政界や経済界の一部(特に強力なセクター)から絶えず流されてきた。実際、日本の企業は、優れた太陽光発電装置、ハイブリッド車、風力発電機などを作りながら、それを国内では存分に伸ばすことが出来ず、海外市場で息をつく状況に長いこと甘んじている。

本欄でも繰り返し述べてきたが、1970年前後の猛烈な産業公害を日本社会が克服出来たのは、当時の政治と行政が規制を適切に導入しただけでなく税の優遇や補助金も用意したからだ。現在、日本人の多くが誇りに思っている省エネ技術や、公害防止技術は、当時の政治・行政が厳しい規制だけでなく適切な経済手法を導入し、また産業界のリーダーたちもそれに答え、奮闘努力した成果が土台になっている。

70年代中葉、OECDのエコノミストたちは、当時の日本の積極的な公害投資は、日本経済に悪影響を与えるのではないかと予想していた。しかしながら、旺盛な投資にも拘わらず、経済成長は止まるどころか、国際競争力を獲得し、失業などの悪影響をもたらさないことを知って、彼らは、賢明な環境対策を取れば経済にプラスということを日本の実例から学んだ。私は後年、ヨーロッパの友人と会う度に、日本は欧米のエコノミストの目を見張らせるほどの立派な実績を70年代に残したのに、なぜ今、温暖化対策を強化すると、経済が悪くなり、失業が増加するなどの意見が日本ではまかり通っているのかと聞かれたものである。

このような疑念や懸念は最近でもよく聞く。例えば、ワールドウオッチ研究所のフレイビン所長は「日本の電力業界には『日本の送電網はすでに十分スマートだ』という声があると聞くが、もしそうなら、なぜもっと自然エネルギーの電気を取り入れないのか。欧州では風力発電が20~30%を占める地域もある。日本は10年遅れている。賢くない送電網を使っているか、送電網を扱う人たちがスマートでないかのどちらかではないか。電力の需要と供給の変動を新しい技術で賢く調整しようという発想が、日本ほどの技術大国で広がっていないのは不思議だ」と述べている(朝日新聞本年9月17日付)。

私は、経済界首脳の一部から今も出てくる温暖化対策を強化すると費用負担が大変などの主張を聞くたびに、過去の経験から学ぼうとしない姿勢が残念でならない。

実施してほしい新たな温暖化対策

鳩山内閣の小沢鋭仁環境大臣は、排出量取引の導入、環境税の導入検討、再生可能エネルギーの固定買取などに意欲的のようだ。私もこれらの施策は必要だとあらゆる機会に述べているので、ここではそれ以外の重要施策について述べておきたい。第一は高速道路の無料化と道路関係税の暫定税率廃止問題だ。まず高速道路の無料化は、ハイブリッド車、電気自動車など、真に環境にやさしい自動車にのみ限定し、実施すべきだ。低燃費車に限って無料化することによって、自動車の需要(従って生産も)を省エネ型車が主流となるよう強力に誘導するだけでなく、公共交通機関への悪影響も最小に抑えることが出来る。

暫定税率廃止に関しては、この2兆5千億円分の財源を温暖化防止対策税とすべきだ。使途は、温暖化対策に必要な技術の開発・普及、森林吸収源の維持管理費(例えば林道の整備や間伐材の有効利用)、自転車専用道路の整備、さらには、これまで自然エネルギーと言えばソーラー中心だったのを洋上を含む風力、小風力、小水力、海洋の温度差発電、潮流パワーの利用などにも拡大し、環境産業の振興にも活用すべきだ。

第二は、大気汚染防止法を活用した規制の導入である。過去何度もこのことを主張してきているが、同法を利用しようとする本格的な議論は私の知る限り、全くない。しかし、アメリカでは、日本の大気汚染防止法に相当するClean Air Actを使って、CO2規制を行う議論がカリフォルニア州などから提起され、それに強く反対する産業界から訴訟もあったが、すでに連邦最高裁で法的には可能との判決が出ている。オバマ政権になると、この最高裁の判断に従ってCO2も規制することで、政府(EPA)は既に動き出しており、自動車排ガス規制もこの一環として始まろうとしている。

大気汚染防止法による規制を私が主張する理由は、排出量取引そのものに「キャップ」を付すという規制機能があるが、対象は、大規模発生源に限られる。従って、自動車、船舶や中規模の発生源に対する規制を掛け難い。この弱点は税でカバーする方法もあるが、税と規制とを適切に組み合わせるのは賢明であり、大気汚染防止法による規制の活用を至急検討すべきだ。適正な規制こそ技術進歩を促し、ビジネスや雇用を創るからだ。

第三は、温暖化対策について、国民の一層の理解を得ること。その努力を怠れば、今後10年ほどの間に現状から30%以上もの大幅な削減をしなければならない理由が国民に理解されず、対策への支持が得られない。国民の中には温暖化問題の重大性とその潜在的なインパクトを知っている人も少なからずいるが、この数を拡大することが不可欠だ。そのために大きな働きをするのがNPO。様々なNPOが頑張らなくてはならないが、私たちのような政策提言型のNPOも重要だ。ただ、今のままだとNPOの制度面、資金面の基盤が誠に脆弱であるので、8月号で紹介した「新政権に求める環境政策」にあるように、格段に強化する必要がある。(これについては今月31日の全国交流大会で本格的に議論します。ご参加をお待ちしています。)