2010年3月号会報 巻頭言「風」より

「新しい公共」はNPOを中心に

藤村 コノヱ


私事だが、三年前から社会人学生として大学院の博士課程で学んできた。仕事を疎かにはできないと、研究は夜や週末、長期の休みに集中してやっていたが、さすがに論文を書く最終段階になるとそれだけでは間に合わず、『風』の執筆をお休みさせていただいた。その甲斐あってか、無事学位(学術博士)授与も決まったので、これからはまたふた月に一度、加藤共同代表と交互に話題提供したいと思う。

研究のテーマは、「わが国の環境政策形成過程への環境NPOの参加の有効性と制度化に関する研究」。環境文明21がこれまでやってきたこと、そして今後目指すべき方向について少しでも役立てばという思いからだが、そもそもこのテーマを選んだ直接のきっかけは、数年前に環境教育推進法の成立に関わった経験である。

この会報にも何度か書いたが、この法律は環境教育の普及と定着を求めて環境文明21が骨子案を作成し、他のNPOとも連携して議員に働きかけて成立した法律である。しかし、その過程では、私たち環境NPOがこれまで培ってきた専門性や現場のニーズを踏まえて“こんな法律を作ってほしい”と提案し議員に働きかけても、その内容が法律に反映されることは少なく、結局は官僚が筋書きを作り、私たちには不透明なプロセスの中で他省庁や関係議員との調整が行われ、実効性の薄い法律がつくられていく過程を目の当たりにした。国民の声を、選挙以外の方法で政治や政策に反映させることがいかに困難かを実感した。そして、私たちの生活と密接に関わる環境政策の形成を政治家や官僚だけに任せておくのではなく、市民や環境NPOの声を政策に直接反映させる仕組みが不可欠だという思いに至ったのが一つのきっかけである。

もう一つは、私自身の専門である環境教育の幅を広げたいという思いである。環境教育というと、依然として「環境の知識を学ぶこと」「紙、ごみ、電気の節約といった暮らし方を学ぶこと」という狭い範囲で考える方が多い。勿論それも大切だが、それ以上に、学んだことを活かして、地域や職場、経済活動、そして社会を持続可能なものに変える力を育むといった民主主義教育としての環境教育をもっと進展させる必要があるという思いである。誰かが何とかしてくれるという受身ではなく、環境NPOが環境政策を作る過程で意見を述べ、政治家や官僚とともに、より良い政策を創り上げていく仕組みができれば、地域などでも市民やNPOが環境教育で学んだことを活かす場がもっと広がると思ったからである。

そんな思いから、このテーマに取り組んだが、「市民参加は既にある。なぜ環境NPOの参加なのか」「環境NPOに正当性はあるのか」など、それまでは当たり前と思っていたことを問われることも多く、改めて環境NPOの役割は何か、なぜ必要なのだろうと深く考える機会にもなった。またアカデミックの世界と現実の世界のギャップを痛感することも多々あり、大学という世界の難しさも実感した(このあたりの裏話を書けば一冊の本になりそうだが…)。そんな中で、改めて認識したことは、参加の制度も、環境NPOの発展も、結局は日本人一人ひとりが今のままではだめだという危機感を持つこと、これまでのように政治家や官僚が変えてくれるという幻想から目覚めること、その代わりに一つの可能性として環境NPOという市民組織を育てていく覚悟、まさに「新しい公共」を一人一人がつくるという覚悟が必要だという事、そしてその基盤はやはり教育にあるということだ。

12月号で掲載した全国交流大会でのレーナさんの発言にもあったが、欧米の大きなNPOは会員数が数十万人というところも多々あり、「NPOが社会を変えてくれる」という期待をもって多くの市民がNPOを支援している。それに比べて、日本の市民は、たとえ政治や官僚批判をしても、自分自身が立ち上がろうとする姿勢は希薄で、ましてNPOに参加することも、NPOに期待し支援することも少ない。そのためNPO自体もまだまだ発言力も組織力も弱く、社会の一翼を担う存在にはなりえていない。民主主義の歴史の違い、NPOとしての歴史の違いと言えばそれまでだが、それよりも今の日本人の民意の低下、教育力の低下の方がより大きな要因なのではないかと思う。なぜなら、かつて日本には、市民が本気になって国を動かそうと奮闘し、実際に動かした例はいくらでもある。幕末から明治維新の頃には20歳そこそこの若者が力を合わせて新しい時代を切り拓いた。環境に関して言えば、公害問題を克服するきっかけを作ったのは地域住民の怒りであり、それを支援する良識ある市民の活動があったからこそ出来たことである。日本の民主主義は与えられたものであり、主に官僚が公共を担ってきたことも、NPOの歴史が短いことも事実だ。しかし、それを言い訳にするのではなく、これからは、教育を立て直し、私たち一人一人が「公共」を担う一員であることを認識し行動すること、善良な市民から良識ある市民へと成長すること、併せて、選挙を通じて真に「公共」のために働く政治家を選ぶこと、そして将来世代も含めた市民の声を政治に届け、自由な発想と特定利害にとらわれない活動で持続可能な社会を開拓しようと継続して活動するNPOを支援し育てていくことが重要なのだと思う。

環境文明21は、持続可能な環境文明社会を構築していくことが目的であり、その基盤となる教育についても重点を置いて活動してきたが、その支援の輪は「質」はともかく「数」としてはなかなか広がらない。私自身3年間大学院で学んだことを、皆様のご支援を頂きながら、環境文明21と市民社会の発展のために役立てていきたいと、改めて思っているところである。