2010年6月号会報 巻頭言「風」より

リーダーシップと温暖化対策

藤村 コノヱ


5月になっても山間部で霜注意報が出るなど、異常気象が続いています。温暖化の影響はますます顕著になってきているにもかかわらず、国会での温暖化対策基本法案の成り行きも含め、マスコミでのまっとうな温暖化関連報道が少なくなっているのが気がかりです。

一方、東京都では2008年に、それまでの企業の自主的取り組みではCO2の大幅削減は不可能という判断のもと、都内の大規模事業所に対してCO2総量削減義務化と排出量取引制度などを導入した「環境確保条例」の改正を行いましたが、それが本年4月より本格施行となりました。「わが国の気候変動対策の行き詰まり状態を打開する」先駆的な取り組みとして注目されるところです。

この改正は東京都の行政主導により進められたもので、その点ではこれまでの国の温暖化対策(1998年の地球温暖化対策推進法、そして現在審議中の地球温暖化対策基本法)の形成プロセスと類似しています。にもかかわらず、東京都ではこうした制度が導入できたのに、なぜ国では、いつまでたっても実効性ある温暖化政策が打ち出せないのでしょうか?

基本的な違いとして、産業構造や政治的背景の違いがあげられます。東京都の場合、業務部門・サービス産業が多く、重厚長大のエネルギー多消費型産業が少ないため、省エネ対策が比較的取りやすいと言われます。また石原都知事の強力なリーダーシップのもと、2002年より実施してきた温暖化関連政策(計画書制度など)を普及するために、都の担当者は各事業所に出向き実際に現場の話を聞きながら指導も行ない、信頼関係を築いてきたという実績があります。一方、国の場合、鉄鋼・電力といった重厚長大型産業が依然として産業界で強い発言力をもっており、これら業界団体が経産省や族議員と結びつき、環境省の温暖化政策にことごとく反対してきたという経緯があります。

民主党中心政権に変わって、鳩山前首相の前向きな国連での演説などから、自民党政権時代の悪しき習慣が少しは改善されるかと期待したのですが、表立った反対勢力が経団連から連合に変わったくらいで、政治的リーダーシップも普天間問題などで右往左往する中で影をひそめ、政治主導とは掛け声ばかりで、以前と殆ど変っていないのが現状です。

こうした基本的な違いが大きいと思われますが、私は、政策形成プロセスと環境NPOの関与の違いも影響していると考えています。

東京都では、政策を作る早い段階での環境NPOや学識者との日常的な意見交換が政策の芽を生むという過去の成功経験から、今回も、準備段階から専門性を持つ環境NPOと連携し、政策の正当性を科学的・理論的に裏付けるための協力を得ています。また、立案段階である審議会を、改正の是非を問うのではなく具体的な制度設計についての学術的・専門的な審議する場として位置づけています。環境NPOも専門家の立場で参加していますが、そこでは彼らの専門性が活かされるだけでなく、環境NPOが参加することにより審議の透明性も確保されることになります。

一方国の場合は、日常的な意見交換はなかなか持ちにくく、また審議会も多くの場合、諮問機関というよりむしろ、各省庁が自己の政策を通すための場となっていたと言われます。委員の人選も公平ではなく、特に経産省など事業官庁では業界団体の代表が委員になることが一般的でした。また審議自体は公開ですが、そのあとの省庁間の駆け引きは不透明で、いつの間にこんな内容になったのだろうということがしばしばありました。民主党中心政権に代わっても、その実態はあまり変わっていないようです。

こうしたことに加えて、東京都では、審議会や議会とは別に利害関係者の自由な意見交換を公開で行うステークホルダー・ミーティングを開催し、環境NPOも一つのセクターとして参加して各々の主張を展開しています。国でもタウンミーティングや公聴会などは開催されており、地球温暖化に関する中期目標設定のための公聴会なども開催されましたが、あくまで個人の参加を前提とした公募で、参加者は自分の意見を述べ、政府側は意見を聞くといった形で、実質的な意見交換の場としての機能は全くありませんでした。東京都は自治体で市民に近いことから、開催が容易ということもあります。しかし、利害の対立が多い温暖化政策に関して、審議会とは別にこのような公開の議論の場を設定したことで、東京都は政策形成の透明性と都民に対する説明責任を果たし、またステークホルダーの相互理解を促す効果もあったと考えられます。

温暖化問題は、私たちのライフスタイルや経済活動の全てにかかわる根源的な問題で、従来のような縦割り意識や行政だけで解決できる問題ではありません。また官僚主導の閉鎖的プロセスの中でつくられた政策では実効性が上がらないのも、ここ10数年を見れば明らかです。欧州の環境先進国では、政治家のリーダーシップのもと、官僚が専門性を持つ環境NPOとうまく連動して環境政策を進めていると聞きますが、日本では、いまだにそうした状況に至っていません。民主党が言う「新しい公共」もこうしたことを実現する方向に進むと期待していたのですが、今のところ「NPOは行政の下請け」「隙間を埋めるもの」という消極的なことしか考えられていないようです。

そうした意味で、東京都の今回の条例改正プロセスは、これまでの行政主導の閉鎖的政策形成過程にかわる新しい形態として注目されるだけでなく、新しい公共の目指すべき方向を示しており、温暖化対策の今後の実効性の向上も期待したいところです。