2010年8月号会報 巻頭言「風」より

幸せにつながる消費を

藤村 コノヱ


参議院選挙で大敗して以降の民主党政権は、相変わらず混迷を極めています。そんな中、経済活性化のための新成長戦略なるものが6月18日に公表されました。基本方針では、国内総生産(GDP)を2020年までに1.4倍にし、医療・介護・環境・観光などの成長分野で約500万人の雇用を生み出すというものです。雇用の創出は社会の持続性を保つ上で不可欠なことで大歓迎すべき政策ですが、GDPを1.4倍に伸ばすという発想には、「えっ?自民党時代と何が違うの?」という感じがします。日本の人口は減少傾向に転じ、高齢化社会を迎えるとともに、地球環境の有限性が明確になり、特に日本のような先進国では成長の方向性を量的成長から質的成長に転換しようという時代に、です。

折しも7月13日付朝日新聞で、「経済成長は人々を幸せにしない」というフランスの経済哲学者ラトゥーシュ氏の話が紹介されました。氏によれば、「成長のための成長が目的化され、無駄な消費が強いられる。そのような成長が続く限り、汚染やストレスを増すだけだ」と。また「有限な地球環境の中で無限に成長を続けることは生態学的に不可能」とも述べています。この考え方は環境文明21や多くの仲間が日々主張していることで、我が意を得たりですが、日本の中心にいる人たちは、成長とは経済の量的成長であり、それは常に上昇しなければならないという考えに固執し、また多くの国民もそのトラウマから脱しきれていないように思えます。

同様のことが消費についても言えます。消費が進まなければ経済成長せず、消費は善であり、消費は人々を幸せにする、と。そのため、国は税金をばらまき、企業は価格をギリギリ下げてまで、消費の拡大を図ろうとしています。環境政策の一環としてすすめられたはずのエコポイントも、多少は省エネ製品の普及に寄与したと思いますが、エコポイントが私たちNPOへの寄付に回る(市民社会を強くするよい消費だと思います)ことはごく稀で、結局は個人消費を促す景気対策に過ぎなかったような気がします。

こうした状況を見ていると、果たして、日本のような物質的飽和状態の国でこれ以上の消費拡大が本当に必要なのか?そもそも消費が進まなければ経済は成長しないのか?消費は一方的に善なのか?消費は本当に人々に幸福をもたらすのか?という素朴な疑問にぶつかります。

勿論、人間が生きている以上、消費は必ずします。特に人間としての最低限の生活さえ確保されていない途上国においては、今後も消費の拡大は暫く続くでしょう。

しかし、消費が進みどんなに物持ちになっても、それと人間の幸せは決してイコールではないと思うのです。そのことを示す一つのデータがあります。イギリスのレスター大学エードリアン教授が発表した「国民の幸福度ランキング(2009)」(分析方法は不明)では、1位デンマーク、2位スイス、市民社会の手本であるスウェーデンは7位と北欧が上位を占め、国民総幸福を掲げるブータンが8位に入っています。消費大国のアメリカは23位、ドイツ35位、イギリス41位、中国82位、そして日本はなんと90位です。

こうした一つのデータだけで論じるのは軽率かと思いますが、日本の実態そのものがそのことを裏付けているようにも思えます。ほんの一例ですが、最近電車で若い母親が携帯に夢中になって、隣に座っている子どもを全く無視している姿をよく目にします。子どもがかまってほしくて甘えてもです。折角親になったのに、どうしてこの時間を楽しまないんだろうと、子ども好きな私などはつい思ってしまいます。また引きこもりなども、昔のように部屋数が少なく親子が寝食を共にし、テレビやクーラーも一家に一台しかなかった時代には見られなかったことです。消費により得たものはたくさんありますが、失ったものも多いことに多くの大人は気付いているはずです。にもかかわらず、相変わらず消費の拡大に躍起になるのは、人間社会を幸せにするという本来の目的を忘れているから、としか思えません。

地球の有限性を認識せざるを得ない時代になった今、そして消費によって失ったものにも気づいた今、少なくとも私たち日本人は、何も考えず、コマーシャルと価格に踊らされていた消費から、人間が幸せになり、安全・安心で活気に満ちた国になるための消費とはどんなことなのかを考え、良い消費を進め、不必要で悪い消費は抑える。それによって生産者の意識を変え、製品・サービスを量から質へと変え、過度の競争を引き起こし、格差を広げ、社会不安を引き起こすような現在の経済システムを変えていく。消費も経済活動も、人が幸せになり、安全・安心で活気に満ちた持続的な地域や国をつくるための手段であることを思い出し、その目的を実現するための消費や経済活動に変えていく必要があると思うのです。そのためには、必要な消費・幸せにつながる消費について、もう少し具体的にしていく努力が必要なのかもしれません。

環境文明21でも、約10年前に、日米のNPO・研究者と共同研究し2002年に報告書としてまとめた「循環社会 ビションと道筋」において、適度な消費として、①環境負荷の少ない消費、②資源が循環する消費、③満足が得られる消費、を提案しています。また、消費=いい暮らし=幸せという、時代遅れの認識から脱する足掛かりとして、「日本の持続性の知恵」の提案も行っています。

幸い、様々な研究者が、モノの生産にかかる環境負荷を製品のLCAで見るといった研究を積み重ねており、環境負荷の少ない消費、資源が循環する消費など、環境面からみた「持続可能な生産・消費」については、ある程度明確な基準が示されるのではないかと期待されます。また、それに沿った技術開発や法制度(例えば、消費税率にも環境負荷を配慮するなど)ができれば、環境配慮型消費はより促進されることになると思われます。しかし、満足が得られる消費、幸せにつながる消費については、環境文明21でもまだまだ議論が深まっているとはいえません。

今の政治の混迷は残念ながら当分続きそうです。そんな間にも、「環境文明社会」の“幸せにつながる消費”について、志を同じくする研究者や企業の方とも協力して議論を進めていきたいと思っているところです。