2010年11月号会報 巻頭言「風」より

前進にはアメリカの参加が不可欠

加藤 三郎


先月、名古屋において生物多様性に関する会議が、また、今月末から12月にかけては、メキシコで、温暖化に伴う気候変動に関する国連会議が開催される。この二つの会議は人類社会の将来に極めて大きな影響を与える重要な会議であるが、世界のリーダーであるアメリカは生物多様性条約を主要国の中では唯一批准しておらず、正式にはオブザーバー参加。一方、温暖化防止については、気候変動枠組み条約にはアメリカは参加しているが、先進国の削減義務等を定めた京都議定書からはブッシュ政権時代に離脱してしまった。つまり、21世紀の政治、経済、そして安全保障上でも極めて重要な2つの国際的な取り決めにアメリカは「参加」していない。今回はこのことに関して、私の考えを述べてみたい。

私は若い時から常に、アメリカの環境政策に注目し、しばしば仰ぎ見て来た。例えば、アメリカが国立公園制度を作ったのは1872年であるが、日本がこの制度を参考に国立公園制度を創り、実際に動き1出したのは1934年であるので、相当な時間差があった。また、今日の温暖化問題の科学的基礎をなす大気中のC02濃度の継続測定をキーリング博上らがハワイで開始したのは1958年のこと。レイチェル・カーソンが名著『沈黙の春』を出版し、農薬などの化学物質の人間・環境への影響などを警告したのは1962年。時のケネディ大統領はカーソン女史の指摘に迅速に対応し、この分野の施策の背中を押している。 日本が無邪気に農薬を大量に使い始めた頃である。1970年4月22日、アースデイという環境キャンペーンが一人の議員と一人の青年を中心に始まったが、これはすぐに世界中に広まり、40年経った今でも毎年日本を含めアースデイ・イベントが繰り広げられている。

一方、行政面を見ると、1970年初には、アメリカの環境行政の基礎を成し、環境アセスメントの実施を含む国家環境政策法を制定し、同じ頃自動車排ガス問題については、いわゆるマスキー法が提案されている。同年7月には、アメリカ政府の中に環境保護庁(EPA)という役所が新設された。日本で、環境アセスメントが法定化されたのは実に27年後であり、環境庁の設立は1年遅れている。

極め付けは、フロン類がオブン層を破壊することを科学者が明らかにすると、その使用制限に向けて、アメリカは極めて積極的なイ二シアティブをとり、1985年にウィーン条約、1987年にはモントリオール・プロトコールを成立させるのに強いリーダーシップを発揮している。

このようにアメリカは1960年代から80年代の前半までは、国内的にも国際的にも環境政策をリードしており、私の日にはまぶしく、そして輝かしい存在に映った。

ところが、1980年代の後半に地球温暖化問題が浮上してくると、アメリカのこれまでの積極的な動きは、急に鈍ってしまう。オブン層保護のための極めて積極的な対応ぶりとは対照的である。アメリカ代表団の背後には、いつも、石炭・石油業界の強力なロビイストが控えており、エネルギー産業に害のあるような発言や文書の取りまとめについて目を光らせてチェックする姿を私は目撃している。つまり、アメリカの国益にとって極めて重要なエネルギー経済問題が出てきた途端にアメリカのスタンスは見事に変わったのだ。

同じことは、生物多様性条約についても当てはまる。この条約については、アメリカ政府は、自国のバイオテクノロジー産業の成長に害をなす可能性があり、また生物資源の利用に伴い利益が出た場合には、その利益を関係国間で配分する曖味な規定により、国益や企業活動に不当な損害を与える可能性があるという理由で、この条約が締結されたリオでは署名すら拒否している。

温暖化問題については、オバマ政権は積極的な姿勢を見せ、ブッシュ政権とは際立った相違を示していたが、議会での強い反対に直而し、当初の勢いを失って、低迷状況にある。また、生物多様性条約への批准問題については、議論すら起こっていないという。つまり、国としてのアメリカは、人類の将来、あるいは経済社会のあり様、人々の価イ直観やライフスタイルを大きく変える可能性のある気候変動問題と生物多様性という2つの死活的に重要な国際的なルール作りに正式には参加していないのだ。しかもその主たる理由は、自国の国益、ないしは自国の産業の擁護といったことで、国際社会の共通の努力から距離を置き続けていることになる。

どの国にとっても、国益は重要だ。しかし、足元の経済的利益だけに縛られるのではなく、人類の共通の課題に同じ思いで取り組むという雨がなければ、到底リーダーとは言えないし、尊敬もされない。オバマさんは、国内外の高い期待を集めて、大統領に就任し、しかもその年には温暖化への意気込みも評価されて、ノーベル平和賞まで授与されている。野党である共和党からの強い反対だけでなく、与党の民主党のなかからも反対されるという政治的にも経済的にも非常に厳しい状況下にあるとはいえ、人類の未来やまだ生まれていない将来世代のために、健全な気候システムや生態系を残すという、尊敬される政治家としての原点に立ち戻ってほしい。そうでなければ、アメリカの世界におけるリーダーシップは、少なくとも環境分野では戻ってこない。その環境分野というのは、経済だけでなく、次世代を含むあらゆる生命や幸せ、安全保障など全てが掛かつているのだ。アメリカの環境政策の大胆な転換と国際的取組みへの正式な参加をなお期待したい。