2011年4月号会報 巻頭言「風」より

後退を重ねる民主党の温暖化政策

加藤 三郎


この原稿を書いている最中の3月11日、東日本大震災が勃発した。まず、この未曽有の震災の被災者と原子力災害により、平穏な生活を奪われ、不自由な避難生活を余儀なくされている周辺住民の方々に心からのお見舞い、そして亡くなられた方に対し、哀悼の意を表したい。また今回の地震、津波、原子力事故は、今後の私たちの生き方、経済(特にエネルギーの生産・消費)と政治のあり方に根本的な変化を迫るもの。そこで、本誌では、5月、6月号の両号で、会員の皆様と一緒に、「今回の一連の出来事をどう受け止めるか、また将来に向けてどう行動すべきか」を考えたい。

さて今回は、最近、影がすっかり薄くなり、後退を重ねている民主党政権の温暖化政策を論じたい。今から1年半ほど前、当時の鳩山首相は、温室効果ガス25%削減を表明した。首相は、この目標を達成するためには、「政治の意志として、国内排出量取引制度・再生可能エネルギーの固定買取制度の導入・地球温暖化対策税の導入の検討をはじめとして実現を目指していく決意」を語り、「国民も企業も政治も産業革命以来続いてきた社会構造を転換し、持続可能な社会を作ることが、次の世代への責任である」とまで語った。

その表明を聞いた時に私などは、鳩山氏の「決意」を歓迎したが、同時にこれを達成する覚悟と戦略があるかどうか懸念したものである。不幸にして、その懸念は当たり、鳩山政権から、その後のアクションはない。現に、翌年の3月、温暖化対策基本法なるものが閣議決定されたが、本欄でも何度も触れているように、25%削減の目標は、米国・中国を含む主要排出国がやらなければ、日本は設定しないと読める条文をこの法案に書き込んでしまい、事実上、独自の削減目標なしの迷走状態に入ってしまった。

昨年6月に就任した菅首相も、温暖化については、ほとんど関心を示していない。彼がすぐに発表した新成長戦略の中で環境・エネルギー分野をいの一番に据えているが、その中身は通り一片のものに過ぎない。また、昨年の末には、国連の温暖化対策会議(COP16)がメキシコのカンクンで開かれたが、この場においても、日本は、建設的なポジションは取らず、もっぱら京都議定書の単純延長はいやだ、アメリカや中国などの参加がなければ、日本政府はいかなる状況でも削減に同意しないとの姿勢を崩さず、日本は孤立化した。

それでは、主要3施策が現在、どうなっているか見てみよう。まず、排出量取引制度については、早くもギブアップ気味。少なくとも来年度までの導入は見送ってしまった。菅内閣が昨年末、取りまとめたところによると、国内排出量取引制度は、企業経営への過剰介入、成長産業の投資阻害、マネーゲーム助長という懸念があり、大口排出者に新たな規制を課すことになるので、我が国産業への負担や、雇用への影響、海外制度の動向、これまでの主な温暖化対策、公平かつ実効性ある国際的枠組みの成否などを慎重に見極めるというのが「先送り」の理由であった。

その取りまとめにあたった玄葉国家戦略相を補佐した柿沼正明議員は「排出量取引というのは、経済成長と環境が現時点では両立しない。もっと言えば、これをやったら今構築中の成長戦略は台無しになる。つまり、アクセルとブレーキは同時に踏めない」と語る始末(本年1月13日付『エネルギーと環境』による)。1970年代以来、環境と経済について、様々な議論と実績を重ね、適切な環境政策は経済に悪影響を与えないという日本の貴重な経験から出てきた教訓を無視した安直なギブアップ宣言である。

本来ならば、高い目標は日本が持っている環境技術・省エネ技術をさらに伸ばし、発展させ、国際的な競争力も付ける機会となるのに、挑戦もしないうちに、経済成長と環境が両立しないと平気でおっしゃる政治家の認識には恐れ入る。これでは、日本産業の明日への希望の灯を自ら吹き消してしまうようなものだ。

その一方で、再生可能エネルギー固定買取制度はかなりましである。前から実施していた太陽光発電に対する助成を軸にして、風力、中小水力、地熱とバイオマスの各発電についても買取制度を導入する準備が経済産業省を中心に進んでいる。ただ、実現のためには、新法が必要であるが、今のような政治状況下で実現出来るかどうか一抹の危惧はある。

3つ目の温暖化対策税は、これも極めて残念な状況。昨年末、民主党が決めた23年度の税制改正の中で、2,400億円を既存の石油石炭税に上乗せして、温暖化対策税として10月から実施する案が決められた。しかし、平成23年度の半年分だということで、わずかに4、5百億円の税収見込みである。省エネ製品、技術開発、森林管理、交通機関、キャンペーン等への助成など温暖化対策を本気でやろうとすれば、少なくとも年間2兆円くらいの予算は必要である。しかし、その1桁小さい額で、しかも5年かけて、2,400億円にする案だが、この金額で温暖化対策をするというのは、燃え盛る山火事にバケツで対応する状況と言っても過言ではなかろう。

なぜ、これほどまでに貧弱なものになろうとしているのか。考えられる理由の一つは、環境対策を進めると経済に悪影響を与えるという誤った「思い込み」。もう一つは、アメリカのオバマ政権が思ったほど大胆な手を打てていないことが、民主党政権が温暖化対策に手を抜く心理的な要因になっているのではなかろうか。確かにオバマ氏は、目の覚めるような温暖化対策を打ち上げ、多くの人から期待もされた。しかし、共和党からの強い反対に加え、身内の民主党の中からもかなりの抵抗があり、はかばかしい対策は打ち出せていない。日本の政財界の一部は、これを見て手を抜いているのではなかろうか。

今国会は6月末頃までは続く。震災復興、原子力未曽有事故への対応に政治は追われるだろうが、温暖化対策も待ったなしだ。将来を見据えた賢明な取組みになるかどうかを注視したい。