2016年7月号会報 巻頭言「風」より

参議院議員は中長期的視点からの仕事を

藤村 コノヱ


この会報が届く頃には、参院選も終わり、次世代にツケを残す政治が続くのか否か、判明していることと思います。選挙戦のさなかにイギリスのEU離脱という歴史的な出来事があり、これが日本の選挙戦にどう影響したかはわかりませんが、結果の如何に関わらず、6年間は身分が保証される参院議員には、混迷の時代の政治家の責任、参院の使命を肝に銘じ、今の衆院には全く期待できない中長期的視点から、党派を超えて次の政策に本気で取り組んでほしいと期待します。

まず、これから短くても数十年、人類が向き合っていかなければならない気候変動です。昨年12月の「パリ協定」合意以降、政府は温暖化対策推進法の一部改正や温暖化対策計画を打ち出しました。しかしいずれも私たちの期待に反するもの。例えば、電源構成はパリ協定以前のままで、中長期的には環境負荷を増大させ経済性も全くない原発、石炭火力に重点が置かれたままです。また2030年26%削減の達成メニューは掲げたものの具体的措置は明記されていません。さらに産業部門は6.5%削減という極めて低い目標なのに、家庭、業務部門は40%削減という不公平な目標設定。排出量取引や環境税など経済手的手法も極めて不十分です。相変わらず経産省や一部経済界に押されっぱなしの環境政策ですが、その背景には、安全保障にもつながる気候変動の重要性を理解せず、目先の経済性を優先しつつ憲法改悪を狙う安倍政権の意向が強く影響しているようです。

先日再エネ事業にいち早く取り組む中小企業の若き経営者から、「当社の方向性は間違っていないと自信はあるが、後押しする国の政策が著しく遅れている。このままでは持ちこたえられるか心配」という話を聞きました。また「本格的な環境税導入がなければ頑張ったものが報われない」との声も聞かれます。

千葉大の広井良典教授は、著書『ポスト資本主義』の中で、“日本では工業化による高度成長期の成功体験が鮮烈で、「経済成長が全ての問題を解決してくれる」という発想から(団塊世代などを中心に)抜け出せず、…あらゆる面で旧来型モデルと世界観を引きずっている”旨述べていますが、日本の環境政策がこうした旧来型の政治家や企業リーダーに引きずられてばかりでは、日本の気候変動政策はますます遅れをとり、国際競争力は低下するのみです。

教育もまた長い目で見た政策が不可欠です。テロ、内戦、難民とその排斥など、今の世界を見ていると、環境破壊だけでなく、社会、人間性まで崩壊しつつあるようです。そしてその根本には、利己的欲望を抑えられない、人間としての智恵と理性そして倫理観の欠如があり、大元を辿れば、家庭や社会も含めた教育に大きな原因があるように思います。

政治家、官僚、財界人、そして市民も全ての人が“教育”を通じて、人格を育み国や社会の形成者として成長します。しかし、今の日本の教育に限って言えば、IT、英語などスキルが重視され、考える時間を与えず、人間の土台をつくる本質的な教育が軽視されているようです。まさに“目先の事しか考えない”、“便利さに心奪われ大切なものを失っていく”日本のおとな社会の姿がそのまま教育にも反映されているかのようです。これでは持続可能な社会を担う人材は育ちません。

そうした状況を危惧してか、日本学術会議では、2015年5月に「未来を見据えた高校公民科倫理教育の創生-<考える「倫理」>の実現に向けて」という提言を出しています。その背景には、今教育に求められるのは、自ら考え判断し実践する能力、根源的な問いを問い続ける思考力、他者と人間的に向き合う力、社会に参画する「市民」としての資質の向上であり、それには高校での公民科「倫理」が重要だが、現状は全く不十分という危機感があります。しかし、折角の提言も教育政策や現場には活かされていないようです。例えば、2022年度から高校で導入される新科目についての文科省案では、「倫理」は選択です。また最近は、国からの大学への交付金が大幅削減されたために、防衛省公募の技術開発に大学からの公募が多数あるそうです。「戦争を目的とする科学の研究には絶対従わない」(1950)としていた日本学術会議も、今年『安全保障と学術に関する検討委員会」を設置した由。政治家、そして東芝、三菱自動車等大企業でも不祥事が相次ぐ中、研究者、学者の倫理観までが危ぶまれる流れになりつつあります。

こうした“箍の外れた”日本を立て直すには、前述のような真の「倫理」教育の強化が必要です。長年環境教育をやってきた私の経験で言えば、環境教育の中でも十分に倫理教育が行えるし実際にやってきたつもりです。また環境文明21が設立以来ずっと探求してきた「環境倫理」や「日本の持続性の知恵」「グリーン経済」の考え方を深め広めていくことも立派な倫理教育だと思います。しかし、一朝一夕で身につくものではないからこそ、中長期的視点での仕組み作りの役割が政治家にはあるのだと思うのです。

イギリスのEU離脱決定後、まさか離脱になるとは思っていなかった、と理性ではなく現状の不平不満で投票したイギリス人がかなりいたとの報道があります。しかし、気候変動も教育もその時の人々の感情や政争の具にされては困る、社会や人類の存続に関わる重要な課題です。私たち市民はもとより、政治家、特に参議院議員はそのことを肝に銘じて、しっかりと責務を果たしてほしいものです。