2017年1月号会報 巻頭言「風」より

2050年脱炭素社会に向けて

藤村 コノヱ


新しい年を皆様いかがお過ごしでしょうか。

昨年は、欧州での難民・移民問題、世界の右傾化、シリア内戦の激化、想定外のトランプ次期米国大統領の誕生、そして日本では一強独裁的政治がますます進むなど、“何が起きてもおかしくない”不安定な時代に突入したことを実感した年でした。そして熊本・大分、鳥取では大地震が発生し、夏には台風とは無縁だったはずの北海道を大型台風がたびたび襲うなど、自然災害に加え気象災害も頻発し大きな被害をもたらしました。世界の年平均気温が統計開始以降最も高温を記録した1年でもありました。

その一方で、パリ協定が発効され、人類社会が脱炭素社会に舵を切った記念すべき年でもありました。しかし、特に日本では現政権がこの問題にあまり関心を示さない為か、メディアでも取り上げられることが少なく、パリ協定の意義や取り組みの重要性が企業や国民にはあまり知られていないように感じます。

加えて、今なお、世界の一次エネルギー源の86.3%余を化石燃料(石油32.6%、石炭30.0%、天然ガス23.7%)が占め、特に日本では、石油43.1%、石炭27.7%、天然ガス22.2%、合計93.0%を化石燃料に依存している現状(いずれも2014年)では、こうした社会から抜け出すのは容易なことではないと改めて実感させられます。それでも、今世紀後半には温室効果ガスの排出量と吸収量とを均衡させ、「実質ゼロ」を目指すことが人類社会存続には不可欠である以上、この達成に向け、動きを加速させることが今を生きる私たちの責務だという思いは変わりません。

そこで今月号では、お馴染みの3名の学識者と、次世代を担う大学生に「脱炭素化した社会とは?」「どんな社会に住みたい?」というテーマでご執筆頂きました。また、年末には奈良で、環境文明21関西グループの皆さんや奈良県内で温暖化に取り組むNPO、大学生と、同様のテーマで議論しました。一つのグループからは、“再エネ100%を前提に、第一次産業を日本の主幹産業に据た社会”、もう一つのグループからは“人間を大切にした社会。技術でエネルギー・時間の無駄を排除し空いた時間を自分や社会のために使う社会”という意見が出ました。これらを見ると、従来のやり方では到底持たないという認識、エネルギー源は再エネで、という点や、共生・互助など人間性を大切にする社会を期待している点は共通です。

環境文明21でも以前より、環境を主軸に据えた環境文明社会を作るには、価値観の転換はもとより、産業構造・エネルギー構造の転換、具体的には、①脱炭素化・脱物質化した産業への転換、②人間の生命・健康・つながりに関わる多様な仕事の振興、③農林水産業の再生と六次産業化の推進が必要という提案をしてきました(環境文明ブックレット8『生き残りへの選択』2013年より)。すなわち、農林水産業など第1次産業と、観光、医療、福祉、教育など人間に関わる第3次産業を主軸に、再生エネルギー産業や循環産業など日本の技術力を生かした産業で構成する社会です。

勿論人の考えは多様なので、そんな社会では経済が持たないという人もいるでしょうし、高度成長期以降日本はこれとは真逆の方向に進んできたわけですから、転換は容易ではありません。実際、経産省の2050年までの長期温室効果ガス削減戦略を検討する有識者会議でも、「80%削減では、例え業務・家庭部門をオール電化又は水素利用、運輸は全てゼロエミションカー、電力を全て非化石化しても、我が国の産業は農林水産業と2~3の産業しか許容されない」といった意見も出たそうです。

しかし、1950年には全労働人口の約半数(48.5%)が第1次産業、21.8%が鉱業、建設業、製造業などの第2次産業、29.6%が第3次産業に従事していたのが、表のように時 代ごとにその構成が大きく変わっています。“技術と需要のダイナミックスな変化”が産業構造の変化をもたらすそうですが、人々の要求や社会が変わる以上、同じ産業が永遠に栄えることなどあり得ませんし、変える意志さえあれば、できないことではないはずです。既得権や過去の栄光にしがみつき世界が目指す脱炭素社会への歩みを遅らせるより、知恵を絞り新しい社会を作ることの方が、大変ですが、夢や希望があります。


1970年就業者数(GDP比) 2014年就業者数(GDP比) 2016年就業者数
第1次産業 777万人(6.1%) 184万人(1.2%) 200万人
第2次産業 804万人(44.5%) 1530万人(24.9%) 1534万人
第3次産業 3524万人(45.3%) 4257万人(74.0%) 4336万人

内閣府「国民経済計算」および総務省統計局「労働力調査」より環境文明21が作成


格差や分断が進み民主主義が機能しなくなっている人間社会。そうした人々の苦悩や民主主義の弱点を利用して覇権を狙う政治リーダーの台頭。そんな混迷の中で、私たち人間の究極の望みは、見せかけの豊かさではなく、孫子の時代まで皆が安心・安全に心豊かに暮らすこと。そして、社会からの要求は、倫理なき経済成長ではなく、生命と社会経済活動の基盤である環境を守ること、当面は脱炭素化により気候変動・温暖化の脅威を食い止めることではないでしょうか。

そのためにも、まずは、2050年脱炭素社会は(産業構造も含め)どんな社会なのか。どんな価値観を持ち、どんな暮らしや仕事をしているのか。確実に進歩するだろう科学技術が真に人間の幸せや脱炭素社会に役立つものかも見定めながら、誰かに任せるのではなく、皆で議論し形作っていくことが大切ではないでしょうか。

前出のブックレットでは2030年の社会像と実現策を示しましたが、今年からスタートさせる部会では、2050年の姿や実現策について、その時代を生きる若い方を中心に議論を進められたらと願っています。多くの方のご参加をお待ちしています。