2019年1月号会報 巻頭言「風」より

今年も“探究”と“普及”の両輪で

藤村 コノヱ


昨年末にポーランドで開催されたCOP24の会場で、スウェーデンの少女グレタ・トゥンベルクさん15歳が、190カ国の代表を前に、「あなた方は、自分の子ども達を何よりも愛していると言いながら、その目の前で、子ども達の未来を奪っています。」と、子ども達の未来のために行動するよう訴えたことが話題になっています。

彼女は8歳の頃から温暖化問題に関心を持ち、声を上げ続け、昨年9月には学校を休んでスウェーデン国会前で座り込む抗議運動を展開し、数千人の子どもたちが温暖化対策を訴えるきっかけを作った活動家です。そして世界で最初に温暖化を理論的に予言し、1903年にノーベル化学賞を受賞したアレニウス氏の子孫だそうです。

彼女の演説内容はWeb等で見ることができますが、その中で印象深い発言の一つは、「あなた方(大人)は、嫌われることを恐れる余り、環境にやさしい経済成長が永久に続くかのようなことを言います。良識的対応は非常ブレーキをかけることだけだという時になっても、あなた方は現在の混乱を引き起こしたのと同じ悪い考えのまま進んでいくことしか語りません。」と、現在の経済システムの行き詰まりを指摘し、「私たちの文明は、ほんの一握りの人々が莫大なお金を稼ぎ続けるために犠牲になっています。」と、現在の文明そのものが間違った経済活動により歪められていると糾弾しています。

こうした考え方は当会でも常に指摘してきましたが、15歳の少女がそこまで考えていたことは驚きでした。そして私自身、最近審議 会などでもよく使われる“環境と経済の好循環”という言葉に違和感があり、「環境省なのに、経済、経済ばかり言わないでほしい」と会議などで発言していただけに、わが意を得たりの思いでした。

勿論経済は重要ですし、例えば再エネなどは運用を間違わなければ環境にも経済にもいいものです。また炭素税など環境政策に反対 する経済界を説得するために環境省や環境派の研究者も“好循環”という言葉を使っているのかもしれません。しかし、現在のような倫理なき経済活動のままでは、“好循環”などあり得ないように私には思えます。そもそも環境は“全ての生命・人間活動の基盤”であるのに対して、経済は人間が豊かになるための“一つの道具”です。また環境の保全には“長期的視点”が必要なのに対して、(現在の)経済はごく“短期的視点”で、しかも何処かの誰かの一言で大きく動くこともあります。このように同じ土俵にはない両者をどう好循環させるのか疑問ですし、こうした言葉が何のためらいもなく使われるようになったのは、多くの人が環境の価値を忘れてしまったためか?はたまた経済を環境と同等の価値あるものとして認めてしまったためか?まさに彼女が言うように私たちの文明の危機の一つの表れだと思うのです。

こうした状況の中で、すべての生命基盤である環境が健全であってこそ経済活動も成り立つと信じている私としては、“好循環”という心地よい言葉に惑わされることなく、両者の関係を明確にし、多くの人にわかりやすく伝え、現在の経済から環境を主軸に据えたグリーン経済(=倫理ある経済)への転換を早めたいという思いが強くあります。そしてそれが当会の使命の一つでもあると思います。

かのアダム・スミスも「社会の秩序と繁栄をもたらすものは、徳への道の追求と矛盾しない財産への道の追求」だと説いています。まさに倫理ある経済です。幸い、「脱炭素時代の倫理」について議論する部会を早々に立ち上げる予定ですので、こうした課題も取り上 げ、倫理ある経済活動(彼女の言うjustice(正義)に通じるもの)について議論したいと思っているところです。

 

トゥンベルクさんの言動でもう一つ印象深かったのは、15歳という年齢にもかかわらず、市民としての責任を自覚し果たそうとする姿 勢です。彼女は、「私たちは、世界の指導者たちに相手にしてほしいと懇願するためここへ来たのではありません。あなた方はこれまでも私たちを無視してきましたし、これからも無視しようとしています。(中略)私たちは、あなた方が望もうと望むまいと変化は訪れると告げるためにやって来ました。真の力は人々のものです。」と述べ、権力者ではなく、市民、とりわけ若い世代の力を信じ、前述したとおり自ら実践しています。日本でも平和活動で若者の行動が話題になることがありますが、残念ながら環境分野ではなかなかこうした動きは見られません。

専門家ではない市民が地球規模の課題を話し合う世界市民会議という場で、「誰が第一義的に気候変動に立ち向かう責任を持つべき か」という問に、世界全体では47.7%が「市民やNPO/NGO」と回答したのに対して日本では25%。一方「各国政府」と回答したのは、世界全体で31.9%だったのに対して日本では58%というデータがあります。昨今の熟議なき政治の暴走、官僚のデータ改ざんや偽証、将来世代への債務を増やし続ける無責任極まりない予算案などを見ていると、今の政府が私たち国民の期待に応えているとは到底思えません。にもかかわらず、日本ではまだ政治や政府に依存する傾向が強いのは、私たちNPOの力不足もあるでしょうが、市民の自立・責任感を育む教育の不足も一因だと思うのです。

設立25周年イベントでは、環境問題を文明の問題としてトータルに捉え根本的な探求を継続するといった当会の方向性や志はよいが、 伝え方は工夫の余地ありというご意見を沢山頂きました。日本にも必ずトゥンベルクさんのような若者がいると信じて、次世代に少しでも良い贈り物ができるよう、探求と普及の両輪で、今年も皆さんと共に頑張っていきたいと願っています。本年もご支援のほど、どうぞよろしくお願いします。