2022年6月号会報 巻頭言「風」より

正念場の気候変動対策

増井 利彦


2022年4月に、IPCC(気候変動に関する政府間パネル)の第6次評価報告書の第3作業部会が「緩和」に関する報告書を公表した。本来は3月29日までのIPCC総会が、4月1日まで延長されるなど異例の展開だったが、なんとか政策決定者向け要約(SPM)が承認された。第3作業部会は、他の作業部会と異なり、温室効果ガスの排出削減という政策課題そのものを対象としているため、まるでCOPでの交渉のような雰囲気だったと参加された方から話を聞いた。SPMの概要は、先月の会報でも紹介されているので、どのような内容かをご存じの方も多いと思う。SPMが承認される過程では、各国政府の代表者によって1行ずつ記載内容が確認され、対象も日本ではなく世界全体となっているため、具体的に日本や身の周りで何をすればいいのかピンとこない方も多いのではないかと思う。

今年の秋には第1作業部会から第3作業部会までの内容をとりまとめた統合報告書が公表される予定で、第6次評価報告書として区切りを迎える。パリ協定では、2℃目標や努力目標としての1.5℃目標が合意されたが、2021年にグラスゴーで開催されたCOP26では1.5℃目標の重要性が再確認された。IPCCの第3作業部会報告書では、現状は1.5℃を実現する経路上にないとしており、1.5℃目標を実現するには、世界の温室効果ガス排出量を遅くとも2025年までに頭打ちさせ、2030年までに2019年比4割削減し、2050年代初頭には世界のCO2排出量を正味ゼロにすることが必要としている。

温室効果ガスと地球温暖化という現象は、古くから知られており、気候変動問題について科学的なアセスメントを行うIPCCは、1988年にUNEP(国連環境計画)とWMO(世界気象機関)により設立された。大気中の温室効果ガスの濃度を安定化させることを究極の目的とした気候変動枠組条約は1992年に採択、1994年に発効し、それ以降気候変動問題が国際的な政策課題の1つとして議論されてきた。1997年には京都でCOP3が開催され、先進国に対して温室効果ガスの排出削減目標が設定され、日本では「チームマイナス6%」に見られるように、基準年(1990年)比-6%の削減目標が設定された。それが今では発展途上国を含めて世界全体が温室効果ガス排出量の正味ゼロを目指して取組をはじめている。こうした動きはもちろん歓迎すべきではあるが、気候変動による危機が表面化していることの表れでもあり、もっと早く合意できていれば、余裕をもって取り組むことができたのにと思うし、私自身、1人の研究者として、早期の削減に貢献できなかったことに対して反省している。

とはいえ、過去を嘆いてばかりいても仕方がない。これ以上、将来の世代にツケを残さないように、積極的に気候変動対策に取り組む以外に方法はない。

温室効果ガス排出量削減の動きは、これまでも何年かおきに起こっていた。しかし、今回の動きがこれまでと大きく違う点は、自治体や企業なども積極的に関わっている点である。特に金融業界が気候変動問題に熱心なことは、4月の会報の「報告」でも書いた。環境省は、脱炭素先行地域として26件の計画提案を2022年4月に選定した(https://www.env.go.jp/press/110988.html)。金融庁は「気候変動関連リスクに係るシナリオ分析に関する調査」報告書を公表し(https://www.fsa.go.jp/common/about/research/20220412/01.pdf)、日本経済新聞社は日経平均株価をベースにした「日経平均気候変動1.5℃目標指数」の算出、公表を5月30日から開始している(https://www.nikkei.com/article/DGXZQOUB133760T10C22A5000000/)。金融機関が気候変動問題に正面から向き合い、融資の際に気候変動や持続可能性を考慮にするようになれば、世の中が大きく変わると思う。

このように自治体や企業は大きく変わりつつあるが、あまり変わらないのは一般の消費者、市民ではないかと危惧している。市民も変わらないと、先進的な取り組みを行っている企業や自治体の行動は報われない。コロナ禍で厳しい経済状況であることは理解しているが、自治体や企業が変わろうとしている中で、消費者や市民も行動を変える時を迎えている。

世の中はそんなに急激には変われないし、急激に変わろうとすると様々なところで歪みが生じることは理解している。一方で、気候変動の影響は顕在化、加速化している。幸い、どのように対応すればいいかのヒントは、上に示したような情報などいろいろなところから入手できる。それらを参考に、気候変動に関する問題をこれ以上先送りしないという決意と、2050年までに温室効果ガス排出量を正味ゼロにするというビジョンを踏まえ、その実現に向けて何ができるかを1人1人が自分事として考えてロードマップを策定し、着実に行動を進めることが求められている。実際にできる取組は個人によって異なるので、他人任せにせずに、各自が重要なプレーヤーという自覚を持つことが大切である。

わが家については、10年以上エネルギー消費量のデータをとってきた。平均的な世帯と比較すると、エネルギー消費量は大幅に少ないが、それでもここ数年は消費量が増大している。子どもが小さい時は、居間で時間と空間を家族全員で共有していたが、中学生、高校生と成長すると、それぞれの部屋で過ごすことが多くなり、どうしてもエネルギー消費量が多くなる。ライフステージが変わることで環境負荷も変わるのは当たり前ではあるが、実際にデータを目にして納得することができる。更なる気候変動対策のためには家族の協力が必要だが、まずは私自身の夜型の生活を見直すところからはじめたい。