2023年5月号会報 巻頭言「風」より

危機を認識して行動につなげるには…

藤村 コノヱ


3月末のIPCC第六次統合報告書の発表を受けて、グテーレス国連事務総長はビデオメッセージで、「気候の時限爆弾が時を刻んでいる」と改めて気候危機を露わにするとともに、「この報告書は時限爆弾の信管を抜くための基本」とし、「私たちには一刻の猶予もない」と全ての人々の早急な行動を求めました。また各国の対策を加速させるため、国連総会では国際司法裁判所(ICJ)に対して、国は気候変動対策にどんな法的義務を負うかの見解を示すよう求める決議を全会一致で採択しました。これは国の不作為の罪を問うもので、背景には、既に欧州での気候変動関連訴訟の増加や、島しょ諸国での甚大な被害があります。

こうした動きに対し、日本では、政府、企業、国民の間でもまだまだ気候危機に対する本気度が足りないようす。この春別府に帰省した折、気候変動について従姉に聞いたところ「関心はあるけどそんなにはない」と。また環境力大賞事業でご支援を頂いている西武信金の方からも「中小企業では脱炭素への関心はまだ低い」と。先般のNHK特集「ビジネス界1.5℃目標への挑戦」ではCOP27に参加した日本の企業人は「日本で報じられることと全く異なる。こんなに世界が進んでいるとは・・」とショックを受けた様子でした。そして最近開催されたG7環境・エネルギー相会合では、政府は石炭火力廃止時期やEV導入目標に抵抗するなど、世界に逆行する動きを続けています。

将来への漠然とした不安は多くの人が持ち、各種調査では日本人の気候変動に対する危機感は高いという結果もあります。にもかかわらず、危機回避のための行動が伴わないのは、無関心、不安の正体が不明、先が見えない、自分との関係が見えない、解決の手立てがわからないなどの理由から、正しく恐れる「危機感」に繋がらず行動に至らないのではないかと思います。危機感をもって行動するには、関心を持ち、状況を正しく理解し、これからどんな事態になるかを見通し、解決に向けできることは何かを知ることが大切です。勿論、経済的な損得や規制で動く人もいるので、規制や税・補助金など経済的手法も効果的ですが、基本は普及啓発や教育ではないかと思います。

そこで今回は全くの私案で不十分ですが、多くの人が危機感を持ち行動につなげるために、NPOにできることを考えてみました。

まず「関心を高める」には、多くの出来事や溢れる情報の中から、これが命に関わる問題で、他と比べて大切な情報だと思えるか、もっと知ろうという気持ちになるか、です。そのためには、例えば、「温暖化」より「気候危機」の方がインパクトもあり実態を示すため、「気候危機」という言い方で統一すれば、それを耳にする頻度が高まり、「何が危機なの?」と考える人が出てくるかもしれません。また現状について、国内外の被害状況を人命や経済的損失の規模感が実感できるよう工夫し、出来るだけ頻繁に伝えることも必要でしょう。その折には災害と気候危機の因果関係や、個人の行動変容がCO2排出削減につながること等を常に具体的に伝えることで、自分事と考えるきっかけになるかもしれません。残念ながら、私たちNPOの伝達手段は限られていますが、マスメディアやSNS・Webを活用する方、市民に身近な自治体にも、上記のようなことに努めてほしいものです。「危機感を煽るのはよくない」という人もいますが、現状を考えれば、強い言葉で頻繁に伝える以外に「関心を高め危機を回避する」有効な方法が見当たりません。

また「課題を正しく理解し先を見通す」には、正しい情報を確実な手段で伝えることが大切だと思います。今回のIPCC報告のような研究者からの科学的情報が正しい情報の基本でしょうが、そのままの情報では一般市民には難しく理解できる人は限られます。NPOからの情報はそれよりは分かり易くなっていますが、それでも少し専門的すぎる傾向があります。内容が内容だけに分かり易くするのは難しいと思いますが、それでも例えば、研究者が教員やNPOと連携して、特に伝えたい内容を、日常の暮らしとのつながりなど対象者が求める内容に工夫して、授業や学習会を行い、行動変容の必要性についても意見交換するなど、知識の普及に留まらず行動につなげる工夫も大切だと思います。

ちなみに、政府情報は本来科学に基づき正確であるべきですが、政権に都合のいい情報しか流れないケースもあります。福島原発事故時も、政府は国民のパニックを口実に正確な情報は流さず、かえって人々を惑わす偽情報がSNSなどで多く流れました。最近も、政府はエネルギー危機を口実に原発回帰や石炭火力温存に躍起ですが、政権に都合の悪いデータや世界の動向などは伝えられていません。また多くのマスメディアも昔と異なりバイアスのかかった政府情報をそのまま流すことが多いようです。

何が問題かの情報は多々ある中で、正しい情報を見極めることはとても難しい時代ですが、情報源の確かな科学的情報を基に、冷静に現状を理解し判断する力を育てる教育がやはり不可欠ですし、地道でもそうした場を増やすこともNPOの役割の一つだと思います。

一方、行動しようと思っても、問題点や政策提案は多々示されていますが、私たち市民に何ができるかの情報は少なく、省エネ、断熱材設置、車以外の移動手段、地産地消の食生活、エコ消費など従来からの対策が殆どです。文明の転換期という認識も少しずつ言われていますが、政府や経済界から本気度が伝わる具体策は殆ど示されていません。IPCC報告には需要側対策の重要性も示されており、これを基に、文明の転換期に相応しい市民の行動を促すために、各行動の効果や政策との関連、さらには心の満足度なども含めてより具体化して、市民の行動の選択肢を増やし、広めることも今後のNPOの役割ではないかと考えています。