2023年6月号会報 巻頭言「風」より

まだまだ遠い排出ゼロ実現への道のり

増井 利彦


広島で開催されたG7サミットは、ウクライナのゼレンスキー大統領の来日によって、平和の尊さが改めて確認されました。その一方で、それ以外の、特に気候変動をはじめとした環境問題への言及が十分に報道されなかったのは残念でした。なお、G7広島首脳コミュニケ(注1)には、ロシアによるウクライナへの侵略戦争があっても「遅くとも2050年までに温室効果ガス排出ネット・ゼロを達成するという我々の目標は揺るがない」と明記されており、世界のリーダーは脱炭素社会の実現を改めて確認したと言えます。

IPCC統合報告書

2023年3月には、IPCC(気候変動に関する政府間パネル)の統合報告書が公表されました。この報告書は、それまでに公表されてきた第一作業部会から第三作業部会までの内容をまとめたもので、メッセージそのものに大きな変更はなく、「今後数年が正念場」に変わりはありません。1.5℃目標をオーバーシュート無しもしくは限定的なものにするには、2035年の世界の温室効果ガス排出量を2019年比60%削減しなければならないとしています。しかし、第一作業部会の報告から2年近くが経過し、事態はいっそう深刻になっていると危惧します。日本でも新型コロナウイルス感染症の問題が収束に向かいつつあり、2021年度の温室効果ガス排出量は前年度から増加しています(注2)。古い状態に戻るのか、新しい社会を作り上げるのか、今が大きな分かれ道、つまり「正念場」です。

そこで、1年前の第三作業部会報告書の時と同様に、統合報告書の内容を広くアピールしようということで、その内容をまとめた資料や動画を作成しました(注3)。しかしながら、環境文明21の藤村代表からは「難しすぎる!」とのひと言。視聴し直してみると確かに難しい...。高校生でもわかるような内容にしないといけないと思いつつも未完の状態です。皆さんのお力もお借りして、わかりやすい内容にしたいと思っていますので、ぜひご協力下さい。

日本で脱炭素社会は可能か?

私が所属する国立環境研究所では、2021年6月に2050年脱炭素社会を実現する結果を報告しましたが、その改訂版を2023年4月に公表しました。詳細な説明は我々のホームページ(注4)をご覧頂きたいと思いますが、2050年の排出ゼロは実現可能な目標であること、しかし、2030年の46%削減を達成する取組だけでは2050年の排出ゼロは実現できないこと、生活も含めた需要側のサービス量の見直しも重要になることを示しました。一方で、多くの自治体が排出ゼロ宣言を示す中、何をすればいいのかわからないという意見もいまだによく耳にします。できる・できないの議論ではなく、やらなければいけないと認識を改めて、取り組む必要があります。具体的な取組につながる情報発信となるように、我々も貢献したいと考えています。

隗(かい)より始める

ちょうど1年前の本欄で、わが家のエネルギーについて触れました。実は、2022年4月に家を引っ越し、それを機に古い家電を買い換えました。平均的な世帯と比較しても省エネを実現していたわが家ですが、2022年4月を境に、2021年4月から2022年3月までの1年間と、2022年5月から2023年4月の1年間のエネルギー消費量を比較しましたので、その結果を紹介します。

冷蔵庫は購入してから15年近く経っていましたので、1年間の電力消費量は半分近くになっていました。また、家の断熱性能が良くなったので、エアコンによる消費電力も台数が増えたにも関わらず6割減でした。照明もLEDに変更し、電力消費量全体では26%の削減となりました。

また、前の家ではガスストーブが冬場の主力でしたが、ガスストーブも一切使うことがなく、1年間のガスの使用量は29%削減できました。断熱については、実際に住むまで効果は半信半疑でしたが、今では前の家のような断熱の悪い家に住みたいとは決して思いません(更に前に住んでいた公務員宿舎は、寒い冬には壁も結露し、当時幼稚園に通っていた娘が「壁が泣いている」と言ったのをいまだに忘れられません)。以前、イギリスに仕事で行ったときに、時間があったので町を歩いていたところ、不動産屋の物件案内に部屋の情報として断熱性能も書かれていたことを見つけました。日本ではそういうことをウリにする物件はあまりないと思いますが、断熱性能を記載するだけで、省エネ行動がもっと浸透するのではないかと思います。

自動車についても妻の通勤距離が短くなったせいか、ガソリン消費量は10%減少しました(私の自転車通勤の距離は5割ほど長くなり、息子に至っては自転車通学の距離は数倍に伸びており、体力強化になっているはずです)。このように、1年前と比較するとエネルギー消費量は大きく減少し、エネルギー価格が上昇する中、エネルギー代は18%節約することができました。ただし、排出削減目標の基準年である2013年比でみると、ガソリン消費量は18%の削減でしたが、電気とガスの消費量はあまり変わっていませんでした。つまり、それまではエネルギー消費量は増加傾向にあり、これまでの増加分をなんとか相殺したというのが実態です(それでもやらないよりはマシ)。 なお、わが家では2017年から再生可能エネルギー100%の電力を使用しているため、電力消費に伴うCO2排出量は既に0です。しかしながら、家庭全体からの排出量をゼロにするには給湯や調理用の都市ガスを電気に変える必要があり、自動車も電気自動車に買い換えるか、手放す必要があります。今の住まいは集合住宅のため、現状からの転換は容易ではありません。わが家での排出ゼロを実現するには、まだまだ大きな障壁があり、それをどのように乗り越えるかを考えています。

注記:本文中の注の各資料は下記の通りです。

(注1)https://www.mofa.go.jp/mofaj/ms/g7hs_s/page1_001673.html

(注2)https://www.nies.go.jp/whatsnew/2023/20230421/20230421.html

(注3)https://www-iam.nies.go.jp/aim/ipcc/index.html

(注4)https://www-iam.nies.go.jp/aim/projects_activities/prov/index_j.html