2023年12月号会報 巻頭言「風」より

30年を振り返り、これからの30年を考える

増井 利彦


日本では春・夏・秋と連続で平均気温の高温を記録した2023年が終わろうとしています。「地球沸騰化」が2023年の流行語大賞のトップテンに選ばれ(大賞は「アレ」でした)、11月を迎えてようやく涼しくなったと思ったら、急に冬の足音が近づき、また気温が20℃を超えるなど、気候変動を実感した1年でした。気温や季節だけが異常ではありません。昨年からのウクライナに加えてパレスチナでも戦争状態になるなど、本当に異常な1年でした。どこかでリセットしないと将来はどうなるのかと今から心配になります。

こうした状況の中で環境文明21が今年で30年を迎えたことは、これまでの会報等に書かれてきましたので、皆さんよくご存じかと思いますが、私にとっても節目の年でした。私が今の職場である国立環境研究所(国環研)に共同研究員としてはじめてお世話になったのが1993年。当時は修士課程の学生で、この30年間は私の研究人生そのものともいえます。なお、2024年3月に、国環研は創立50年を迎えます。記念行事は2024年6月頃に開催予定の公開シンポジウムとあわせて行う予定ですが、50周年記念誌の編纂ということでこれまでの取組を振り返る機会があり、環境問題が大きく変わってきたことを私自身も実感しています。また、私が国環研で取り組んでいるAIM(アジア太平洋統合モデル)というシミュレーションモデルの開発を始められた森田恒幸先生が亡くなられてから今年で20年。森田先生が生前から行ってきた国際ワークショップでも、出席者とともにこれまでの20年の気候変動対策を振り返り、脱炭素社会の実現に向けてこれからの20年の課題を展望しました。

●大きく変わった気候変動問題への取組

日本の公害対策が成功した理由の1つとして、地方からの取組が挙げられます。これは、自分事として取り組むことが必要なことを示しています。気候変動対策でも「ゼロカーボンシティ」に代表される自治体での取組が増え、2023年9月時点で全国自治体のうち半数以上の991自治体が宣言を行っています(都道府県で脱炭素を宣言していないのは私の住む茨城県だけ!https://www.env.go.jp/policy/zerocarbon.html)。また、近年では金融機関を含む企業も積極的に脱炭素やSDGsをはじめとする持続可能性をアピールするようになっています。

1997年に京都で行われた気候変動枠組条約のCOP3の前に、日本の第一約束期間(2008-12年)の排出削減目標について議論が行われましたが、産業界や通産省(当時)は、「産業の活力維持のためには2010年の排出量は1990年レベルが精一杯」との主張で、これに果敢に切り込んだのが森田先生でした。環境文明21でもおなじみの西岡秀三先生がリーダーとなり、2004年から国環研を中心に「日本の2050年の温室効果ガス排出量を70%削減(そのあと80%削減に変更)する」という低炭素研究(「脱炭素」ではなく)を開始しましたが、これに対しても「税金を使って意味のない馬鹿なことをやって」と批判されたこともありました。こうした状況と比較すると、現在の状況は隔世の感がありますが、それだけ気候変動による影響が深刻化していることの裏返しでもあると言えます。

●それでもこれまでの対策では不十分

しかしながら、排出削減に向けた現状の取組や将来目標は、1.5℃目標や2℃目標に必要な排出水準からみると不十分です。1997年のCOP3の直後からきちんと取り組んでいれば、今のような瀬戸際に立たされることも多少は遅らせることができたのではと思います。一例として、石炭火力発電からの二酸化炭素排出量は2005年まで増加傾向にあり、その後数年は安定的に推移した後で、東京電力福島第一原発事故後に再び増加しました。排出のピークは越えたと思いますが、それでも東日本大震災前よりも多くの二酸化炭素が排出されていて、2020年以降も新設が行われてきました。ドバイで開催されているCOP28で岸田首相は「排出削減対策の講じられていない新規の国内石炭火力発電所の建設を終了していく」と発言しましたが、G7広島サミットで示された化石燃料全般を段階的に廃止するという首脳宣言と比較するとインパクトに欠ける内容です。もっと踏み込んだ対策を率先して行うことが必要です。

脱炭素宣言だけして「やった感」を出すだけでは「グリーンウォッシュ」そのものです。脱炭素に関する取組を宣言しないよりは宣言した方がマシですが、「やった感」だけで気候変動問題は解決できません。本気で取り組まないと状況はさらに悪化します。企業や自治体、さらには国を本気にさせるためにも、国民の視線や関心がもっと厳しいものとなり、緊張感を生み出すことが必要でしょう。そのためにも我々国民がしっかりと脱炭素に向けた取組を行うことが求められますが、現状ではここも十分とは言えません。むしろ一番遅れているのが国民の意識や取組であり、脱炭素に貢献する行動を自らの意思で行えるようになるために何が必要かを考えなければなりません。

●次の30年に向けて

「風」の執筆は今回で5回目で、書き終えてこれまで書いたものを読み返したところ、内容に大きな変化がないことに改めて愕然としました。わずか2年半の間ですので、当然なのかもしれませんが、「残された時間はわずか」と書きながら、環境保全に対する世の中の動きはこんなにも遅いのだろうか、いつまで持続可能な社会や脱炭素社会を実現させようと言い続けないといけないのかと思うと、重苦しい気持ちになります。30年にわたって執筆されてきた藤村コノヱ代表や加藤三郎顧問は、私以上に強く懸念されていると思います。気候変動問題をはじめとした地球環境問題は、じわじわと社会をむしばみ、気が付けば大変な状況になっているために、生活習慣病に例えられることがあります。手遅れにならないよう、定期的な健康診断と毎日の努力が欠かせません。30年後は2053年です。これ以上ツケを残さずに、30年後の人と地球が健康であるために、私も前を見据えて積極的に行動していきたいと思います。