2024年1月号会報 巻頭言「風」より

考え方や行動を変える

藤村 コノヱ


能登半島地震、羽田事故と心の痛む年明けとなりましたが、皆様はいかがお過ごしでしょうか。昨年も異常気象の激化、ウクライナに続きパレスチナでの戦争、国内では政治と金の問題や企業の不祥事など暗いニュースの多い年でしたが、その一方で、COP28では化石燃料からの「脱却」が明記され、当会30周年記念イベントも無事終わり、大谷選手や藤井棋士など次世代の活躍など明るいニュースに救われる一年でもありました。悲しい出来事で始まった新年ですが、皆で力を合わせて様々な困難を乗り越え、少しでも明るい年にしていきたいものです。

ところで昨年11月に『持続可能な世界に向けた新たな環境教育』という本を出版しました。内容について横山裕道さんが書評で(14頁)紹介してくれていますが、環境の危機、暮らしと命の危機、人間性や民主主義の危機など、現在と将来への不安が増す中、こうした危機を乗り越えるには、私たちの考え方や行動を変えるしかない。そのためには、学校だけでなく市民・企業の学びを大きく変える必要があるとの思いから書いた本です。本では、経済に翻弄されない本来の教育や学びの価値を取り戻すことや、環境教育のやり直し、市民教育や政治教育、哲学・倫理教育、メディアリテラシー教育の強化など5つを提案しましたが、混沌とした現状を見ていると、政治家や官僚、企業トップも含め全ての人の学び直しが必要だと改めて感じています。

例えば、今回の政治の混乱は日本では違法の政治家への企業献金の抜け穴としてのパーティ券が問題になりましたが、気候変動やエネルギー、原発問題などは政治や企業活動に大きく左右されます。私たちNPOは常に炭素税の早期導入や石炭火力や原発の早期廃止を訴えていますが、短期的経済を優先する昨今の政治は、これらに反対する産業界の声を受けて本質的解決策を先送りするばかりで、気候・エネルギー政策の遅れは顕著です。資金力と組織力に勝る産業界は、自らの利益拡大のためにパーティ券購入などを通じて政治家に働きかけ、政治家も資金と票獲得につながる産業界の声を重視、環境省の弱腰もあって短期経済重視の政策になるわけです。この背景には政治規制の甘さだけでなく、根底には倫理観の欠落があり、長期的視点での国民の幸せと社会の持続性よりも「今だけ金だけ自分だけ」という風潮が政治家や企業の間でも蔓延しているからです。勿論そうではない政治家や経営者も私の周りにはいますが、権力などとは無縁の方が多いようです。

一方、政治家を選ぶのは私たち市民ですが、政治への無関心やあきらめ、より良い暮らしと社会のために自らが何かしようという自治意識や市民意識の低さ、明日の環境よりも今日の経済が大切といった誤った認識が政治の混乱や環境政策の遅れの一因になっています。年末に環境活動を行う若者の意見を聞く機会もありましたが、彼らでさえ、投票の意義をあまり理解しておらず、政治や環境についての学校教育の不十分さを指摘する声も聞かれました。

2016年9月号「風」で、『「知性」と「人間性」を見失わないように』というテーマで、日本に限らず世界中で、「今」「金」「自分」しか見ようとせず、考えることを放棄し、判断も行動も責任さえも他人任せの「反知性主義」的傾向が広がりつつあること。その解決には自ら考え判断し実践する力、根源的問いに向き合う思考力、他者と人間的に向き合う力、社会に参画する「市民」力など、言い換えれば、真の「知性」と「人間性」を育む教育・学びが大切と書きました。しかし、昨今の政治の怠慢や企業倫理の喪失、AIに過度に傾倒する人々を見ていると、「反知性主義」的思考がさらに深まり、それが若者にも影響しているようです。

そんな中でも、「知性」と「人間性」を持ち現状の困難を乗り越えようとする人は私の周りにもたくさんいます。また今回の地震による悲しみや苦境の中でも助け合い労わり励まし合う人々、羽田事故でも地道な訓練を重ねた乗務員の冷静な判断とそれに従う乗客の姿を見ていると、まだ日本にも知性と人間性を持った人がいることに勇気づけられます。

著書では、前述の5つを繋げた新たな環境教育・学びを提案しましたが、中でも、当会提案の「脱炭素時代の倫理」を基盤に、厳しい環境の中で生きる意味や本当の豊かさを考え議論し実践に繋げることが大切だと思っています。特に政治家や経営層が謙虚にこうした倫理を学び変わることができれば、知性と人間性を持つ多くの人々と共に、健全な民主主義も倫理ある経済も実現できるはずです。

環境派のバイブルとも言えるシューマッハ著の『スモール イズ ビューティフル』にも、“教育は最大の資源”で、“教育の核心は価値の伝達”にあり、“原子力の危険、遺伝子工学の発達に伴う乱用の恐れ、商業主義の弊害、こうした問題への対策は、結局、教育の普及と向上に帰する”とあります。教育や学びは時間もかかり、即効薬にはなりませんが、今、それを怠れば、先はありません。しかし、私たち一人ひとりが学び行動が変われば、人間が招いた災いである気候危機や原発問題なども解決し、戦争も防げるはずです。地震という自然災害さえも人間がAIなど技術を使いこなせれば被害を最小限に止めることができるかもしれません。諦めずに、私たち一人ひとりが、今より少しでも知性と人間性をもって努力をすれば、道は開けると思うのです。

30周年記念イベントでは、当会がこれまで積み上げてきた持続性の智慧や倫理(知性と人間性)を次世代に繋いでいくのが当会の使命とのご意見も頂きました。全ての生命と活動の源の「環境」を基軸にした包括的な教育や学びが多くの場で実践されれば、人々の考え方や行動を変えるきっかけにはなるはずです。そう信じて、今年も当会らしい活動を進めていきますので、引き続き、ご支援ご協力をお願いします。