2024年12月号会報 巻頭言「風」より
分断をなくすには
増井利彦
昨年に引き続き非常に暑かった2024年が終わろうとしています。米国の大統領選挙では、接戦という事前の予想を覆して共和党のトランプ候補が早々に再選を決め、早くもパリ協定からの離脱をはじめ、脱・脱炭素に向けて突き進んでいます。日本の総選挙では、裏金問題中心で、環境問題が主要な争点にならないまま投票日を迎えました。報道を見る限り、どちらも目の前の経済最優先で投票先を決めた有権者が多かったようです。また、特に米国大統領選挙では、これまでの「分断」の溝が、さらに深まりつつあるように見えます。なぜ、将来を決める選挙で、脱炭素や持続可能性が争点にならないのでしょうか?また、さらなる「分断」を煽ろうとするのでしょうか?近年の異常気象を見ると、地球は有限で、長期的にこの地球をいかに永続的に利用できるようにするかを、各国の指導者たちは真剣に考える必要があるのに、そうしたこととは真逆のことを主張し、また、有権者もそうした主張を支持するという悪循環が起こっているように思えます。それだけ現在の経済状況が悪く、短期的、身のまわりのことしか考えられないということでしょう。これはヨーロッパでの右派勢力の台頭にも当てはまるでしょう。
ESG投資など世の中は変わりつつあるとはいえ、いまだに「環境は票にならない」「環境でメシは食えない」という思いが各候補者にはあるのでしょう。ということは、有権者である国民一人一人の問題といえます。環境問題を含めた長期ビジョンがなく、目先の利益だけを追求すると、本当に大変なことになると、環境文明21の会員の皆さんは考えていらっしゃるでしょう。本来なら、環境保全と経済活動はつながっているはずなのに、社会の「分断」だけでなく、環境と経済も「分断」されているのでしょうか?本来なら分断によって対立を深めるのではなく、対話を通じてお互いを理解し、新たな解を見いだすことが求められています。一方で、そうした過程を実現するには多大な時間と労力が必要で、特に環境問題のようなすべての人や組織が関わる問題の場合は、合意が困難です。つい先日終了したバクーで開催された気候変動枠組条約のCOP29や、プサンで行われたプラスチック汚染防止条約の政府間交渉を見ていると、つくづくそう思います。「タイパ」に代表される効率最優先という呪縛を解いて、じっくりと自分の頭で考えて行動することが求められていると思います。
地球は健康か?
11月9日に広島大学で開催された「プラネタリーヘルス(地球の健康)」に関するシンポジウムで報告する機会がありました。「プラネタリーヘルス」とは、地球の健康と人間の健康はつながっているという考え方のもとで、人間と地球の持続可能な関係を確立するための研究、教育と行動の枠組みを提供しようとするものです。シンポジウムでは「自然再興」、「脱炭素」、「循環経済」の3つとプラネタリーヘルスの関係が議論され、私は「脱炭素」についての情報提供を行いました。脱炭素を含むこれら3つの概念に「安全安心」も含めた概念が、持続可能社会を議論する際に取り上げられることが多いですが、各問題が扱う空間的な広がりや時間軸はそれぞれ異なり、まとめて議論することは容易ではありません。しかしながら、1つ1つの問題を個別に解決しようとすることの限界も見えてきたので、これらをいかにまとめて議論し、行動するかが問われるようになっています。これまでの研究は、1つの課題について深く掘り下げることが中心でしたが、これからはそれだけでなく、他の課題といかに一緒に考えるかも問われています。「学際」という名で異なる学問分野をつなぐという動きはこれまでもありましたが、一方で看板の掛け替えだけで、実質的には何も変わっていないという批判も多くあります。学問分野間の「分断」も本気で解消しないと、環境問題の解決は実現しないでしょう。1つの学問分野を究めるだけでなく、複数の分野を究めるようなこれまでの既成概念を突き崩す人材が必要です。研究の分野も大リーグで二刀流で活躍している大谷翔平選手のような新しい人材がリーダーとして特に求められています。
若い世代の声や行動に期待
日本の温室効果ガス排出削減目標について議論する中央環境審議会と産業構造審議会の合同審議会では、従来の経済成長優先を主張する意見と、カーボンバジェットや気候変動の脅威を訴える意見の間での「分断」が維持されて、議論が深まらないまま最終局面を迎えています。審議会での議論の進め方についての疑問も提示されるなど、ここでも古いやり方の限界が露わになっています。
環境問題や社会が抱える諸課題の解決には、このままではダメと思っている方は多いと思います。一方で、私を含めてこれまでのやり方にどっぷりと慣れている人にとっては、考え方や行動を大きく変えることは大変で、分かっていてもなかなか変えられないという現実があります。このように考えると、これまでの枠に馴染んでいない若い世代への期待が大きくなります。環境問題について私が期待しているのは、「若者気候訴訟」と呼ばれている訴えです。これは、日本に住む16人の若者が2024年8月に、日本の主な火力発電事業者10社に対して、少なくともIPCC(気候変動に関する政府間パネル)の報告書が示す水準まで排出削減することを裁判所に求めたものです(詳細はhttps://youth4cj.jp/)。提訴した若い世代の皆さんの勇気を称えるとともに、若い方たちがどのような感性を持って古い世代の考え方をブレークスルーしていくのかに期待し、応援していきたいと思います。