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1.世界の持続可能性を脅かす気候劣化の進行と
その対応策について
気候変動に関する最新の科学的知見の集約と評価は1988年からIPCCによってなされており、2023年の第6次報告の後の第7次報告最終報告は2029年に予定されている。一方で、気候変動は予想以上に急速に進みつつあり、気候危機という喫緊の課題に対応する政策立案者と市民にとって、世界各国の第一線の学識者が、気候研究における最新の重要な研究成果を総括した“10 New Insights in Climate Science”は、現在そしてその先に向けて信頼できる科学的指針を提供するものである。
ここではその10年間の報告から今時点で重要と思われる10の識見を選んで紹介する。
気候変動は予想より早く強力に進んでおり、昨今の極端な気候事象の頻度や強度増加は明らかに気候変動によるものである。山火事・メガファイアの頻度・強度拡大による生物多様性への被害は、炭素吸収力・蓄積力の劣化を招く一方、酸性化・海洋熱波などで海洋の絶滅危惧種1,300の16%に被害が出るなど、2023-24年の海洋熱波頻度増で全球海面水温が記録更新し、漁業・観光などに世界的影響を与えた。
乾燥地域の食料生産性の低下は貧栄養層を拡大させ、これに加え極端な洪水および干ばつによる水資源の危機が人々の移住・移動の原因となっている。気温・湿度上昇による生理的機能面での影響により、地球上のより多くの地域が居住不可能になりつつある。
熱中症死亡の40%が気候変動が原因とされている。デング熱は2024年に1,420万件の症例が報告され史上最大の全球的流行を記録している。気候災害増による障害/死亡、貧栄養、伝染病、大気汚染の増大など気候変動の健康影響は広範に及んでおり、気候変動抑止策はそのコストを補って余りある大きな利益をグローバルヘルスにもたらす。
大西洋循環海流が弱まり、世界中のサンゴが大量死し、西南極氷床の減少が25年で3倍増と観測されている。このままで進むと、ほかの要因も変わってきて、いまの気候システムが崩壊し、人の手では止められない暴走状態(ティッピングポイント)に達する。そうなったら生態系は壊滅し人類は生存できない。
アマゾン熱帯雨林劣化や凍土融解など土地被覆の変化も強い要因となり、それらの要因の相互作用で予想より低いレベルでの転換が起こる可能性もある。2℃上昇はこの「Hothouse Earth」への入口境界である。
2023~2024年は予想外の規模の記録的猛暑を記録し、2025年はさらに高温になり、1.5℃を超えた。これは、温室効果ガス濃度の上昇、エアロゾル排出量の減少による海洋上の雲の減少、海氷被覆面積減少に伴う地球からの反射量の減少、から生じている地球エネルギー不均衡(EEI)によるもので、地球温暖化が加速していることを示唆している。
今の気候政策では1.5℃上昇で止めることが困難になってきているが、それでもなお1.5℃目標を堅持するのであれば、いったん1.5℃以上に上がった後でいつか、大気中の二酸化炭素を吸い込んで地中に埋め戻す「吸収策」で大気中濃度をへらし1.5℃に戻す「オーバーシュート」を考えねばならない。数十年にわたるオーバーシュートは世界の地域気候に不可逆な変化をもたらす危険性がある。一時しのぎのオーバーシュートで1.5℃以上に上げて、貯め込んだ余分の蓄積分は、大急ぎで大気中から回収して埋め込まねばならない。
しかし、大規模スケールの吸収策はまだ技術的手段のめどが立っておらず、自然利用での吸収強化策による生態系への影響などの解明はこれからという状況にある。それらを当てにしての政策は危険である。
比較的安定とみられていたグリーンランドが予想より早く溶け始め、南極氷床融解が予測の2倍になり海水面上昇を加速し、凍土溶け出しからの排出量がこれまでの予想量より多くなる恐れがあるなど、さらに気候予測モデルで1.5℃~4.5℃とされていた気候感度(濃度2倍時の温度上昇)が最近2.3℃~4.5℃だったと改定されこれまでの温度予測が低めになっていたことが分かったなど、全体に気候変動が過小評価されていたことが判明している。我々はまだ手探りで自然の則を探っている最中にいる。
温暖化を1.5℃以内に抑えるには、毎年平均20億トンの削減が必要だが、温室効果ガスの排出は増加し続けており、現在のトレンドと合意された気候目標との間には大きなギャップがある。現在及び計画中のエネルギーインフラを生涯使い続けると全部で8,500億トンの二酸化炭素を排出するが、これは1.5℃で気候安定化するために排出できる量(炭素予算)の2倍にもなる。
政府・企業・投資家が続ける化石燃料の生産と消費のためのインフラ拡大は、数兆ドルに及ぶ「座礁資産」を生み出し、脱炭素への努力を台無しにする。政府は再生可能エネルギーの規模を拡大するにあたり、政策の一貫性を保ち急速かつ公正なエネルギー転換を確実にしながら、化石燃料の生産と消費を公平かつ計画的、段階的に廃止して行かねばならない。廃止措置が遅れると後になってより野心的な取組が必要になるだけでなく、エネルギー転換を実現するために多くの費用がかかる上に、破壊的な影響をもたらすことになる。
抑止策が手遅れ気味になって、自然を利用した「吸収策」が期待されている。しかし気候変動や人為的な環境変化に対して、自然の炭素吸収源がどのように反応するかについては不確実性が高く、炭素吸収源に過度に依存するのは危うい戦略である。全球陸域における炭素吸収源は山火事などで2023年に急激に減少し、過去10年間北半球の生態系から大気への炭素移行が加速しており、生態系が炭素を吸収・貯蔵するプロセスは弱体化している。自然に根差した課題解決(Nature-based Solutions)はパリ協定の達成のために重要だが、気候と生物多様性は深く関連し合っており、ブルーカーボンへの期待などともに一体となった慎重なガバナンスが必要である。
また人為的吸収策として大気からCO2を除去するCDR(Carbon Dioxide Removal)技術はどうしても排出を止められない温室効果ガス対策に必要とされるが、今のところ規模拡大可能性と運転継続性の面から懸念がある。気候政策は、まずは迅速に排出規制を強めてCDRの必要性を最小にし、一方でCDRの開発を強力に進めねばならない。
気候政策の成否は、社会的課題をどう取り込むかにある。社会正義は気候変動に向かい合う社会的強靭さ、地方及び世界に共通な抑止・適応策における協力にとってなくてはならない概念である。気候政策に対する受容あるいは抵抗を決定づける中心的な要因は、公平性の認識である。人々が気候政策を受け入れるかどうかは、それが公平(fair)と思えるかどうかにかかっている。最脆弱・貧困層が気候変動の最大被害者である。貧困国の低炭素発展に向けては、世界人口の上位1%の富裕層がその排出量を30分の1に減らせば、下位50%の貧困層の排出量を3倍まで増やせる。
現状の緩和戦略は、気温上昇を2℃未満に抑えるには依然として不十分である。
国内総生産(GDP)成長率と物質的な豊かさによって測定される社会の発展は、温室効果ガス排出の主な要因の1つであり、気候変動の緩和における大きな障壁である資源集約型経済の根拠となっている。この政治・経済システムにおける既得権益は、ステータス消費を促進する行動規範、生産量を右肩上がりに増やすことを追求するビジネスモデル、貧弱または漠然とした気候政策、さらにはあからさまな暴力を用いて化石燃料産業に利益をもたらすことなどを通じて、社会規範、産業および経済にわたって持続不可能なロックインを定着させる。化石燃料を基盤としたエネルギーシステムが招く気候変動のコストは、集団として抵抗する能力を持たない地域や社会に易々と押し付けられている。政治的課題がカーボンプライシングの有効性を阻害する。
真の変革を実現するためには、あらゆる構造的な障壁に同時に介入して、持続不可能なロックインを取り除くことが不可欠である。
ボトムアップ型の意思決定システムも有効である。包括・包摂的でボトムアップ型の意思決定プロセスも抵抗を乗り越えるのに役立つ。成功するかどうかは、特定の社会経済的な脆弱性を考慮しながら、市民と産業界の利害のバランスを考慮した政策を策定できるかにかかっている。
気候訴訟は人権擁護のための重要な気候行動であり、権利に基づく訴訟は、気候変動に対処するための新しいツールになっている。このような気候訴訟を通じて、「権利者とは誰か、何か」という法的な理解は、未来の世代、まだ生まれていない世代、自然の要素、さらにそれらを法廷で代表することができる人にまで拡大している。
人間の安全保障は気候変動対策にかかっている。気候変動は紛争を引き起こすものというよりも、人間の安全保障における既存の脆弱性を悪化させ、暴力的な紛争につながる可能性を高める。脆弱性と不安定性が増すことで、気候変動が人間の安全保障に及ぼす影響は、国家安全保障上の懸念となる。
人間の安全保障、ひいては国家の安全保障を強化するためには、効果的でタイムリーな緩和策と適応策が必要である。暴力的な紛争を増大させるリスクを低減し、平和を促進するために、人間の安全保障を確保するための協調的な努力と並行して進めなければならない。ロシアによるウクライナ侵攻は、化石燃料への依存から生じる、地域、国、国際規模での食料供給やエネルギーへの安定したアクセスの面で重大な問題を明らかにした。これらの脆弱性は、人間の安全保障を脅かすものである。
Future Earth, The Earth League, WCRP(2018~2025/26) “10 New Insights in Climate Science”. Stockholm, doi:10.5281/zenodo.17328963
本報告は、世界各国から第一線の学識者を集め、気候研究における最新の重要な研究成果を総括している。そこで得られた成果は本報告にまとめられ、評価された査読付き学術論文集とともに、政策立案者や一般社会向けに包括的で価値のある統合情報を提供する。
日本では、長崎大学グローバルリスク研究センター(Future Earth 国際事務局日本ハブ担当)が事務局
和訳報告書:地球環境戦略研究機関 参照