3.温暖化による健康への影響

(森秀行)

 
気候変動に伴う暑熱リスクの急増と公衆衛生上の緊急事態
3-1. 具体的な症例

①非感染症(暑熱による影響)

熱中症リスクの増加は、気候変動のもっともわかりやすい影響である。日本でも2010年以降、熱中症による死者数が顕著に増加しており、20年から22年までの間に年間1000人を超える死亡者を記録した年度が6回もあった(全国地球温暖化防止活動推進センター(JACCA)ウェブサイト)。また、2024年の夏に全国で熱中症により救急搬送されたのは97,578人(消防庁発表)と過去最高を記録した。熱中症による死亡は、将来シナリオによっても異なるが、温暖化の促進により今後も西日本を中心に10倍以上増加する可能性があると予想されている(The Lancet Regional Health - Western Pacific 2023;40: 100970)。

熱中症による救急搬送者・熱中症死亡者は、高齢者の割合が高く、その多くが住宅内で発症し、また重症化しやすい傾向にある。高齢者については、気温の上昇により循環器疾患の発症や死亡、院外心停止が増加している。労働災害として報告された熱中症による死亡者は、業務上疾病による死亡の上位を占めている(第3次気候変動影響評価報告書、以下報告書)。このような状況を受け、2025年6月から労働安全衛生規則の改正により、職場での熱中症対策が義務化された。

ちなみに、国際的に最も権威のあるLancet誌に2026 年に発表された34か国における熱中症の死亡率の比較では、日本は100万人当たり5.81人と、世界で一番死亡率が高い国となっている。その理由として、診断基準の違いに加え、日本は他国よりも高齢者率が高いこと、日本の夏は気温だけでなく湿度も高く、発汗による体温調節が困難であることなどが挙げられている。

ところで、熱中症は、通常、高温により体温が異常上昇し、心臓や脳など複数の臓器が熱で直接のダメージを受けて「多臓器不全」で亡くなるものである。それと違って、もとも心臓などに持病を抱えていて、それが原因でなくなった場合には、「暑熱関連死」として別のカウントがなされる。2015年から2019年の日本の全死亡者データを基に推計した結果では、この通常心疾患とか呼吸器疾患と診断される暑熱関連死が3万3千人と推計された。これは、熱中症による死亡者の約7倍に相当するが(2026年3月、橋本真弘他)、すでに日本における交通事故死をはるかに凌駕する水準となっている。 こうした状況を受けて、主に「日本救急医学会」や関連の専門家団体は、気候変動による健康影響は、もはや個人の対策の限界を超えた「公衆衛生上の緊急事態」だと表明している。

⓶感染症

気候変動による水域の温度上昇は、海水中や淡水中の細菌数を増加させ、水系感染症のリスクを増加させる。また、気温上昇は、食品の加工、流通、保存、調理の各家庭において、食品の細菌汚染や増殖を通じて、感染症のリスクを増加させる。例えば、海水温の上昇に伴い腸炎ビブリオ菌が増加し、日本各地で下痢や腹痛、皮膚感染などが報告されている。この菌は、海水の表面温度が20℃以上になると増加するが、この20℃の北限線は近年増加する傾向にある(報告書)。

温暖化は蚊などにより媒介される感染症も増加させる。2014年の夏には、東京都の公園で160人以上がデング熱に罹患する事象が発生した。このこと自体は気候変動とは直接には関係なかったが、2019年にはデング熱の国内感染事例があり、2024年にもそれが疑われる事例が発生した。デング熱を媒介するヒトスジシマカの分布域が徐々に北上し、2016年以降、青森県まで拡大してることが確認されている(報告書)。

デング熱については、将来流行可能地域が日本全域に拡大することが予測されている。将来シナリオにもよるが、7―8月に加え、6月や9月でもデング熱の流行リスクが上昇する。また、外国からの渡航者の増加もデング熱の劉高確率の上昇に寄与する(報告書)。

また、マダニにより媒介される日本紅班熱や、致死率が30%にも達する重症熱性血小板減少症候群(SFTS)の全国的な症例の増加や発生地域の拡大が確認されている。SFTSは、2013年1月にその流行が確認されたのを皮切りに年々報告数が増加し、2021年以降は毎年100件以上の症例が確認されている(報告書)。

③その他の影響

温暖化は、大気汚染と気温の相互影響を増強させる可能性があり、高温がオゾンによる救急出動件数の増加に寄与している事例や、高濃度のオゾンやPM2.5が高温による死亡リスクを増加させる事例がみられる(報告書)。

温暖化はメンタルヘルスにも影響を与える。たとえば、気温が上がるとうつ病などが悪化し、自殺リスクが上がるとされている。1973年から2015年までを対象とした研究では、自殺の内、暑さと寒さに起因したと思われるものが約20%に達している(報告書)。また、特に若い世代を中心に気候危機対する不安が広がっており、新たなメンタルヘルスの課題となっている。

気候変動による台風などの災害頻度の増加や激甚化により、被災地では停電(計画停電も含む)などにより、特に暑熱による死亡や熱中症が増加する可能性が指摘されている。実際に2018年に発生した西日本の豪雨では、避難者の3617件のうち、5%が熱中症による死亡であった(報告書)。なお、日本ではそれほど深刻な被害とはなっていないが、世界的な規模でみると2024年の森林火災由来のPM2.5 の大気汚染による死亡者が、15万4000人に達し、それ以前の10年間の平均から36%も増加した。(Lancet Countdown 2025)

さらに、夏の気温上昇により翌年のスギ花粉の量が増大する可能性もあるとしている。実際、スギ花粉の飛散量の多い年では、アレルギー症状に対処するための再診の増加や治療日数の長期化が報告されている(報告書)。将来、花粉症は温暖化に伴い2倍程度増え、アレルギー性疾患を増加させるとの見方もある。

気候変動は最大の公衆衛生問題
—化石燃料の脱却が人々の命と健康を守るー
3-2.より包括的な視点

昨年11月にブラジルのベレンで開催された締約国会議(COP30)は具体的アクションを進める「実施のCOP」と位置づけられていた。実際、ベレンには多様なステークホルダーが集まり、COP30は数多くのイニシアティブを推進する場としても機能した。気候変動と健康については、COP中に「ヘルスデー」が設定されるとともに、「ベレン健康アクションプラン」の立ち上げが合意された。そこでは、気候変動の健康影響を、単に熱中症への対策と見るのではなく、もっと広く暑熱関連死や感染症、さらには関連する大気汚染も含めた広い視点で捉えることが重要との基本認識がある。温暖化は救急体制や他の疾病をさらに悪化させるものであり、その医療システム全体に及ぼす影響も懸念されている。

例えば、世界では、「化石燃料の燃焼」によって、気候変動だけでなく、広範な大気汚染も報告されており、これらも勘案すれば、気候変動は今や「最大の公衆衛生問題」となっているとの認識がある。ちなみに、世界的には、化石燃料の燃焼によるPM2.5などの大気汚染で、世界で年間810万人、日本でも年間2.5万人もの人が、喘息などの疾患により亡くなっていると推計されている(横田啓 2026)。この推計値は、日本の交通事故による死者の10倍にも達するレベルである。また、2021年に発表されたハーバード大学の論文では、化石燃料の汚染による死亡者は、世界の全死亡者数の5人に1人に上ると推計されている。

このような大気汚染による影響は、気候変動の根本原因である化石燃料の燃焼が再エネにより全廃されれば、同時に解決するものである。従来は、これをコベネフィットととらえて対策を推進してきたが、それにより特に大きな成果は上げられなかった。しかし、今、「気候正義」の下で、温暖化対策を講じることによる影響にも正面から対処してこうという機運が高まり、レアアースの採掘による負の影響が問題とされている。同じ視点でPM2.5による大気汚染が、再エネの促進により大きく改善され、それによる死亡被害が大きく改善されることも正面から取り上げる必要がある。